277.美容師~やらかしそうになる
冒険者ギルドに着くと、受付にいたマリーと挨拶を交わしたのちに2階のギルマスの部屋に通された。
「おう、この書類だけやっつけちまうから、ちょっくら待っててくれや。マリー、茶でも出してやれ」
「はい、わかりました。ソーヤさん、こちらに座って寛いでいて下さいね」
「うん、ありがとう」
マリーはフードの中で丸くなって眠るジストを一撫でして、出て行った。
長椅子に座って一息つき、思いの他自分が緊張していることに気がついた。
二度、三度と深呼吸をし、少し余裕が出たのでゴルダさんを眺めて過ごす。
ゴルダさんは羽ペンを握った大きな手を忙しく動かしながらも、時折宙を睨むように見て、答えが出たのかまた手を動かしている。
「お待たせしましたー」
マリーが戻ってきて、温かいお茶を出してくれたのでお礼を告げて一口飲む。
そんな僕に微笑みかけてくれたマリーは、ゴルダさんの横に移動すると、小声で何やら耳打ちしていた。
ゴルダさんは一瞬顔をしかめたが、「まぁ、いい。通してやれ」と言うと、羽ペンを置いて立ち上がり両手を天井に向けて伸ばした。
「あー、書き物ばかりで肩がこっちまう。たまには思いきり魔物でもぶった斬ってすっきりしたいもんだな」
ソーヤもそう思わんか?
なんて同意を得ようとしてくれるが、
「書類仕事を全て終わらせれば、どうぞお好きにしてください」
横からマリーに口を挟まれて、チッと小さく舌打ちしている。
「本当に口うるさくなっちまって。小さい頃は、あんなにかわいかったのに」
ボソボソと呟くゴルダさんに、
「ギルマスも昔は若くてかっこよかったですけどね」
ベー、と舌を出して反論し、マリーは逃げるように扉をバタンと閉めた。
「ふん、俺は今でもそこそこイケてるってんだ」
何がイケてるのかはさておき、同意を求められなくてよかったと安堵する。
「さてと、まずはソーヤ、お疲れさん。ゆっくり休めたか?」
対面の椅子に腰を下ろしたゴルダさんが気遣うように聞いてきたので、
「ええ、昨日よりは大分ましだと思います」
と答えた。
「今日は冒険者ギルドの調査結果というか、これからのことも踏まえて話すわけだが……二度手間になるから、ちょっと待ってろ」
「二度手間ですか?」
「ああ、そろそろ来るはずなんだが、おっ、噂をすればだな」
ゴルダさんの話す内容から、誰か来るのか? と考え、≪聴覚拡張≫スキルをオンにすると、すぐに廊下を歩く足音が聴こえドアをノックする音が。
「おう、入れや」
「お邪魔するよー」
にこにこと笑顔で訪ねてきたのは、すばらしい金髪の持ち主、フィクスさんだった。
「ソーヤ君、昨日ぶりだね。元気にしていたかい?」
僕の隣に軽やかに座り、ポンポンと肩を叩かれた。
「はい、お陰様でなんとか」
「そう、それはよかったね。それで? どこまで話は進んでいるのかな?」
「まだどこまでも進んでねーよ。これからだ」
「ナイスタイミングということだね。さすがわたしだ」
「ナイスタイミングも何も、どうせどこかでソーヤが来るのを待ち伏せしていたんだろうに」
「なんだい? 人聞きが悪い言い方はやめてくれないかな。だからお前は品がないって言われるんだよ」
「なんだと!? 誰がそんなことを言ってやがるんだ?」
「うーん、わたしかな?」
「だろうな!!」
目の前で繰り広げられるコントのような会話を聞いていると、自然と自分の顔が笑みを浮かべてしまう。
「そうそう、ソーヤ君。そんな緊張する話ではないよ。もう終わったことなんだし、君には非はない。リラックスしてこいつの調査結果を聞けばいいのさ」
どうやら僕の表情が強張っていたのを見て、和ませようとしてくれたようだ。
そんな小さな気遣いがありがたく、「ありがとうございます」と頭を下げたが、
「ん? なんのことだい?」
ととぼけられてしまった。
「まぁ、いい。でははじめるぞ」
場を取りなすように咳払いをしたゴルダさんが、フィクスさんを一睨みして話し始めた。
「まず、こちらで調べた結果だが、ソーヤの言う通り、ニムルの森の泉辺りに大量のマッドウルフの死骸が発見された。
その数はおよそ28匹。およそ、というのは腕や足、体が千切れて判別できない死体があった為、正確な数は不明、ということだな。まったく、どんな戦い方をしたらあーなるのか」
最後の方はぼやくように言いながら、手元の羊皮紙に目を落とす。
「で、だな、とりあえず魔核結晶や討伐部位等は冒険者ギルドで回収済みだ。ソーヤが倒した物だから、当然お前のものになる。ただ、回収費用とこちらで解体するならその費用は貰うことになるがいいか?」
「はい、構いません」
「よし、ならあとでマリーから受け取れ。それとだな……カルラの遺体も回収した。回収したんだが……」
何故かゴルダさんは、そこで視線を僕に向けてしゃべるのをやめた。
「どうしたんだい? 何か問題でもあったのかい?」
小首をかしげたフィクスさんが尋ねると、金色の髪の毛がサラサラと首に沿って流れ落ちた。
それに目を奪われている僕を見て、ゴルダさんがため息をつく。
「やっぱり、俺の考え過ぎのようだな」
フィクスさんは、僕の視線が自分に向いていることがわかると、悪戯っぽい笑顔を浮かべて一束の髪の毛を持ち、
「良かったら触ってみるかい?」
なんて、すばらしい言葉をかけてくれた。
「是非!」
即答で手を伸ばす僕。
「マリー! すぐに来い!! ソーヤがやらかすぞー!!!」
大声で叫ぶゴルダさん。
ダダダダッ、と足音が響き、ダンッ、と扉が開け放たれ、
「ソーヤさんっ!!!」
凄まじい形相で駆け込んできたマリー。
それから僕は、床に正座させられてマリーのお説教を聞くことになるのだった。




