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女神様の美容師  作者: 獅子花
美容師 異世界に行く
276/321

276.美容師~デレられる


 マリーを見送ったところまでは覚えていた。

 けれどその後すぐに眠ってしまったようで、気がついたら朝だった。


 ジストは……僕のお臍の辺りに寄り添うように丸くなって眠っている。

 確か最後に見たときは顔の横にいたはずなのに、いつの間に移動したのだろうか?


 そっと手を伸ばして背中を撫でると、ピクピクと震えるように動いた。

 ゆっくりと顔を持ち上げ、「くぁぁ」と欠伸をひとつ。


 瞼が開いて、紫色の瞳が僕を見た。

 パチパチと瞬きをして、僕のお腹に鼻先を擦りつけてくる。


 なんだ!? 

 どうした!?


 寝ぼけて誰かと間違えているのか?

 もしくは……ついにジストがデレタ!?


 不意に訪れた感動と、もしかしてこれは何かの間違いで、正気に戻ったジストがまた僕にだけ冷たくなるのではないかと、よくわからない恐怖で固まる僕。


 そんな僕の気持ちも知らず、ジストは鼻先からおでこ、終いには顔全体を僕のお腹に擦りつけるように密着し、小さく口を開いて「にぃぃ」と鳴いた。


 それと同時に、僕の頭の中で声がした。

『おとうさん』と。


 無言で固まり続ける僕を紫色の瞳が2つ、じっと見つめていた。

 数秒、いや数十秒、もしかしたら数分かもしれない。


 ゆっくりと右手を上げた僕を見て、ジストがビクッと震えた。

 視線は僕の右手に固定したまま、一緒になって動いている。


 ジストに見守られながら僕の右手の人差し指と親指は自分の頬に触れたところで止まり、力強く間の肉を挟んだ。


「痛い……夢じゃないよね」


 呟く僕を見て、ジストがもう一度、「にぃぃ」と鳴いた。

 そして、『おとうさん』という声も。


 頬をつねっていた指を、ゆっくりとジストの方へ移動させる。

 ピクっと震えて身体を小さく縮こまらせるジストだが、いつものように逃げていきはしないので、嫌がっていないものと考えて、黒い毛だらけの頭を撫でた。


 最初は身体を強張せていたジストだけど、しばらくすると自分から僕の手のひらに鼻先を擦りつけてきた。

 ペロペロと手のひらや指を、温かな舌で舐めてくれたりもした。


 あー、これがお父さんの気持ちなのか。

 胸に込み上げてくるものがあり、涙が出そうだ。


 僕はジストを撫で続け、ジストは僕の手を舐め続ける。

 身体中に溢れかえる愛しさを消化しきれなくなった僕は、ジストを抱え上げて両腕で抱きしめ、ベッドの上を転がった。


「にぃぁ!?」


 驚いたジストの鳴き声の後は、ベッドから落ちる衝撃の音が部屋の中に響くのだった。



 仲良くなって僕から離れようとしないジストを連れて朝食をすませ、ボロボロになってしまったローブを捨てて新しい物を購入した。


 赤や緑、鮮やかな青色等もあったが、結局僕が選んだ色は黒だった。

 これならジストがフードの中にいても目立たないし、あまり売れない色なのか他の物に比べて1割くらい安かったから。


 ギルマスのところに行くには少し早かったので、グラリスさんのお店に行って武器と防具の整備をお願いすることにした。


 お店に着くと、タイミングよくグラリスさんが出てきて、「よぉ」と片手を上げて挨拶してきたので、ペコリと頭を下げて返した。


「なんだ? 新しいローブを買ったのか? それにしてもまた暗い色を選んだな? もしかして防具に合わせて黒にしたとか?」


「ええ、それもあるんですけどね。この子と同じ色なので都合がいいのと。あと、安かったんですよ。あまり人気がないみたいで」


「そりゃぁな。茶色に灰色、薄い緑色なんかが無難だからな。赤色や青色なんかもたまには見かけるが」


「そうですか。でも僕は好きですけどね、黒色も」


「まぁ、お前の目や髪の毛の色と同じだからな。似合っているし悪くないんじゃねーか」


 そう言って褒められると、悪い気はしないので「ありがとうございます」と返しておいた。


「それで? 今日はどんな用なんだ? まさか新しいローブを俺に見せに来たわけじゃないんだろ?」


「ええ、もちろん。ちょっと昨日、激しく使ってしまったので、一応見てもらおうかと思いまして」


 作業台の上に、腰から外した弧影と黒錐丸を置いた。


「じゃ、ちょっくら見てみるか」


 グラリスさんは弧影を手に取ると鞘から抜いて目の前にかざし、角度を変えて眺めている。


「さすが素材が良いと強度も悪くないな。特に刃こぼれしているところはないし、問題ないだろう。

 黒錐丸は-……こっちも2本とも大丈夫だな。ただ、大分汚れがついてるし、軽く研いでやるから置いていけよ」


「そうですか。それは良かった。心配だったので安心しました」


「大事に使ってくれているみたいで、こっちとしても安心だぜ。それにしても、そんなに心配するって、いったい何と戦ったんだ?」


 グラリスさんは何気なく会話の流れで聞いたのだろう。


「まさかまたBランクの魔物だなんて言わないよな?」


 冗談半分に聞いてきたので、


「まさか、違いますよ。Eランクのマッドウルフです。ただ、30匹くらいとやりあいましたけど」


 僕の答えを聞いてしばらく動かなくなったので、


「グラリスさん? 聞いてますか?」


 顔の前で手を振ってみた。


「お前……よく生きてるな。そうか、パーティーを組んで戦ったのか? そうだろ? そうだよなぁ?」


「いえ、一人ですよ。森で囲まれて逃げられなかったので仕方なくですけど」


「やっぱり一人かよ……なんとなく、お前ならそうだと思ったけどよ」


 何故かため息交じりに肩を落として呟いている。


「グラリスさんの作ってくれた防具が僕を守ってくれたんだと思います。何度もマッドウルフに噛みつかれたり爪で攻撃されましたけど、大きな傷は一つもありませんでしたから」


「そうか……そっか、それは良かった。良かったよ、ソーヤ」


 グラリスさんは嬉しそうに笑みを浮かべ、それを隠そうとして変な顔になってしまった。


「ありがとうございました」


 お礼を告げると、恥ずかしくなってしまったのか、


「なら防具も一式脱いで置いていけ。一緒に見ておいてやる」


 そう言って、半ば無理やり脱がせると、


「ほら、用事は終わったんだろ? なら、さっさとどっかに行け。仕事の邪魔だ」


 背中を押されて追い払われてしまった。

 勢いに流されるように歩き出し、しばらくたって振り返ってみると、グラリスさんは作業台の上に置かれた武器や防具を手に取り、ゆっくりと撫でるように触れていた。


 ここでも≪聴覚拡張≫が仕事をする。


「お前たち、ありがとうな。ソーヤを守ってくれて。ちゃんと綺麗にしてやるから、これからもソーヤを守ってくれよ」


 この街には僕を守ってくれている人が何人もいる。

 僕もその人達を守れるくらいに強くならなくては。


 フードの中のジストが、前足で僕の髪の毛をもてあそんでいる。

 この子のことも守らなければいけない。

 二度とこの子の命を無くすようなことのないように。



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