275.美容師~ジストと帰る
「ねぇ、マリー。僕は確かにコルラを殺してしまったけれど、カルラのことは殺していないんだ」
「えっ? そうなんですか? でも、カルラさんも亡くなっているんですよね? もしかしてまだ生きているとか?」
「いや、たぶん死んでると思う。うん……僕が見たカルラは確かに息をしていなかったから」
「どういうことなんですか?」
「うん、それが不思議な話なんだけどさ。森でカルラとコルラに襲われて麻痺の香を嗅がされたんだけど……」
マリーに掻い摘んで説明していると、ゴルダさんとフィクスさんも耳を傾けているのがわかったが、どうせ後で聞かれるだろうし隠すことでもないのでそのまま話し続ける。
「というわけで、目が覚めたら何故だかカルラが死んでいたんだ。それで僕はコルラを追いかけてここに来たんだけど」
そこまで説明をして、ジストのことを話すかどうか考えた。
コルラに首を斬りつけられたジスト。
普通に考えれば致命傷なわけで、今この場で生存しているジストに対してどう説明をするべきかと。
腕の中で眠るジストは、ジスト自身の血と首を斬られたコルラの血、あとは僕の血も混じっているだろう。
なんというかそれぞれの血が凝り固まってゴワゴワというかカピカピというか、つまり酷い状態だ。
かくいう僕も全身、泥と血まみれなので人のことをどうこう言えた状態ではないけれど。
「相棒を殺したと思い込んだ彼女に襲われて返り討ちにし、さっきの貴族の息子に襲われて返り討ちにしようとしていたところにわたしが現れたというところかな?」
黙り込んでいる僕の後を続けるように、フィクスさんが補足してくれた。
「まぁ、概ねそんなところですね」
「だってさ。これでわたし達の聞き取りは終わりでいいかな? あとはゴルダ達冒険者ギルドに任せて宿に帰ろうじゃないか。
ソーヤ君は早く水浴びをした方がいいよ。それに武器と防具の手入れもね。服に関してはもう廃棄でいいと思うけど」
「そうですね」
と呟きつつ、いいでしょうか? と目線でゴルダさんに訴えかける。
「ああ、そうだな。ソーヤにはもう少し詳しく話を聞く必要はあるが明日でいいだろう。
明日の昼までに冒険者ギルドの俺の部屋に来てくれればそれでいい。今日は帰ってもいいぞ。
マリー、そこの荷物もあるし宿まで送って行ってやれ」
「はい、わかりました。ソーヤさん、ジストちゃんはわたしが連れていきますよ」
両手を差し出してジストを受け取るマリーに、
「汚れるよ」
と一言注意をしてみるが、
「今更ですよ」
苦笑いで返された。
僕に抱きついてきた段階で、僕の汚れの何割かはマリーの服に移っていた。
確かに今更と言える。
明日にでも新しい服をプレゼントしよう。
そう思いつつ、ジストを渡すことにした。
「それにしても不思議ですね。いえ、ソーヤさんを疑っているわわけじゃないですけど、そのカルラさんて方を、その、殺したのは誰なんでしょう? ソーヤさん、心当たりはないんですか?」
首を傾げてマリーが尋ねてくる。
フィクスさんも、どうなの? と視線を向けてくるが、
「さぁ……目が覚めてすぐにここに走ってきたから周りを注意して見たわけでもないし、現場に戻っても手掛かりがあるかどうかもわからないかな」
「そうですか」
唇に指をあてて考え込むマリーに対して、
「まぁ、それは冒険者ギルドに任せればいいと思うよ。そうでしょ?」
なんてゴルダさんに問いかけるフィクスさん。
「ああ、当然こっちで調査はするがな。犯罪者とはいえ冒険者が死んでいるわけだし、そこそこ腕のたつカルラを殺せるレベルの魔物がここら辺にいるなら注意せねばならん」
「でも、もし魔物だとしたらですよ? どうしてカルラさんは襲って、ソーヤさんのことは襲わなかったのでしょうか?」
再び疑問を述べるマリー。
確かに、僕でもそう思う。
「そんなことは俺にもわからん。まずは調べてみて、どうかだからな。とりあえず、何かわかったらソーヤにも知らせてやるから、今はゆっくり休んでおけ」
「わかりました。ではお言葉に甘えて、僕は帰らせていただきますね」
最後に、ゴルダさんとフィクスさんに頭を下げて、マリーと共に宿に戻ることにした。
宿に戻ると、マリーに手伝ってもらって寝ているジストを洗うことにした。
余程疲れが溜まっているのか、結局洗い終えるまでジストが起きることはなく、気を利かせたマリーが布に包んで部屋に連れて行ってくれたので、ありがたく僕もシャワーを浴びる。
本当はゆっくりと湯に浸かりたかったが、マリーが待っているので今日は体を洗うだけで我慢だ。
マリーにもシャワーを浴びないか聞いてみたが、さすがにこんな外同然の場所では裸になれないと、やんわりと断られた。
まぁ、当然と言えば当然かもしれない。
僕だって、何度も知らない誰かに目撃されているし。
やっぱり木の衝立一枚ではなく、せめてきちんと四方向を囲うべきかもしれない。
ただマリーに使ってもらうのであれば、覗き防止に屋根も必要だし……もういっそ小屋でも建てるべきか。
だとすると、女将さんに許可をとる必要があるな。
なんて考え込んでいるうちに、すっかり体はきれいになった。
シャワーを流しっぱなしにしていたせいで、回復しかけていた魔力も残り少ないし、体を拭いて部屋に戻ろう。
「おかえりなさい、ソーヤさん。だいぶすっきりしたお顔ですね。ちょっと安心しました」
「うん、そうだね。今日はいろいろあったし、疲れたよ、ほんと」
ため息交じりに苦笑してみせると、マリーがうんうんと頷いてくれる。
ジストはベッドの上で丸くなって眠っているようだ。
夕飯を食べていないので起こすか悩むところだけど、僕自身食欲より睡眠欲の方が強いので、ジストも同じだろうと、このまま寝かせておくことにした。
「それじゃぁ、わたしは帰りますね。ゆっくり休んで、明日のお昼までにギルドに来てくださいね。ではおやすみなさい」
「ああ、おやすみ。ありがとう」




