274.美容師~秘密をごまかす
「さてと、それじゃぁ、わたし達も帰ろうか。久しぶりに馬鹿の相手をしたから、なんだか今日は疲れてしまったしね」
連れ去られていったバリスタインが見えなくなった頃、フィクスさんがパンパンと手を打ち払い、ゴルダさんに向かって「それでいいよね?」と微笑みかけた。
「ああ、今回は助かった。一応、礼を言っとくぜ。
ソーヤ、お前も頭を下げておけ。別にこいつの正体がわかったからって変に畏まることはねぇが、助けられたのは事実だ。
こんな奴でも、この場にいなければヤバかった。貴族関連の相手にはより大物の貴族をぶつけるしか手はないからな。
あまり顔の知れてないこいつに上手くあの子倅が引っかかってくれたから良かったってなもんだが、まぁ癪だがお前がなんのお咎め無しですむのは間違いなくこいつのお陰だからな」
ニヤリと唇を歪ませて笑いかけてくるゴルダさんの言葉に、僕は慌てて頭を下げた。
「あの、フィクスさん、今回の件、本当にありがとうございました。
あと、僕を助けようとして来てくれたのに、剣を向けたり魔法を撃ったりしてしまってすみませんでした」
「うん、いいのいいの。剣を向けられたり、魔法を撃たれたかったりしたくて、わざとあんな風にソーヤ君を挑発したんだしね。おかげで、ソーヤ君の貴重な秘密も知ることができたし」
たぶん、僕が隠している風属性の魔法のことを言っているのだろう。
器用に片目を瞑って、「二人だけの内緒にしておいてあげるよ」と意味深に濁らせる。
そんなことをするものだから、
「秘密? ソーヤさんの秘密ってなんですか?」
ほら、マリーが食いついてしまった。
僕がフィクスさんにお礼を伝えている内に迎えに行ってくれたのだろう。
ローブに包まれたジストを胸に抱いているので、掴みかかってくることはないが、その分身体全体で体当たりするような勢いでぶつかってきて地味に痛い。
というか、カルラとの戦闘、コルラとの戦闘、それにフィクスさんとの戦闘というか模擬線? 肉体も精神も疲れ切っているので、足はフラフラでうまく力が入らなかったりする。
なので、そんな状態の僕に何度も思い切り体当たりされると普段のように踏ん張れないわけで……マリーごと後ろに倒れてしまったりする。
とっさにマリーを抱き留めた僕は、再び後頭部を地面で強打することになり、
「いててててっ」
頭の中でゴインッと鈍い音がして目に涙が浮かんでしまった。
「あぁっ!? ごめんなさい、ソーヤさん。大丈夫ですか?」
マリーは僕の胸の中でなんとか起き上がろうともがくが、両手が使えないのと焦っているのでうまくいかないようだ。
途中でジストを手放せばいいことに気がつき、僕の腕の中にローブごと渡し、自由になった手で地面を押して身軽に立ち上がった。
腕の中でローブに包まるジストは、くーくーと寝息を立てている。
ついさっき死にそうになっていたのが信じられないくらいに安らかに。
ひとつの小さな命を守れたことに心の底から安堵する。
例え、2つの命が代わりに失われたとしても。
その命とジストの命を天秤にのせた時、傾くのは僕にとってこちらの命なのだから。
そうだ!?
さっきゴルダさんの言っていた「お咎め無し」という言葉だが、それについて尋ねなくては。
「あのゴルダさん、『お咎め無し』ってさっき言ってましたけど、僕は罪を償わなくてもいいのですか?」
「ん? ああ、お前の処分についてだが、訴える可能性のあるバリスタイン自身があんな状況になったのだから、有耶無耶になって終わりだろうな。
一応、マキシード子爵家の跡取りではあるから、国から聞きとり調査くらいはされるかもしれんが、仮にも他国の王族であるこいつに難癖つけて斬りかかったわけだし、御父上もいい加減愛想を尽くすだろうしな。もちろん、この俺もそうなるように証言をするさ」
「それは……僕としては助かりますが」
「なんだ? 何か不満があるのか?
それにそもそも、お前は被害者なんだろ? ジストを無理やり奪われそうになり、戦いを挑まれて応戦した。その結果、2人を殺してしまうことにはなったが、相手が平民であれば正当防衛が成立するしな。
だから、カルラとコルラだったか? あいつらは気の毒だったが、あまり気にして引きずるな。仕えた相手が悪かったのは、そんな奴を主として選んだあいつら自身の責任だしな」
「そうですか……わかりました。それならそう思うようにします」
「おう! そうしとけそうしとけ。それにしてもソーヤ、その様子だとお前……人を殺したのは初めてか?」
「はい、初めてですね」
「そうか……Cランクになると、指名での護衛依頼なんかも増えるが、襲ってきた盗賊や山賊なんかは迷わず殺せよ? じゃないと護衛対象を危険に晒すことになるし、お前自身の命も危険だぞ? そう考えれば、今回の件はいい経験になったんじゃないか? 良かったじゃねーか」
そう言って笑うゴルダさんに、マリーが横から肘を入れる。
「もうっ、ギルマスはなんてことを言うんですか! ソーヤさんはギルマスと違って繊細なんですからね! 初めてで2人も殺すことになってしまって、ソーヤさんは傷ついているんですから、そんな言い方は失礼ですよ!」
「なんだよ、いてぇーな、マリー。でもよぉ、お前だって嫌だろう? いざと言う時に、ソーヤが殺すことを躊躇して自分が死ぬことになったら」
「それはそうですけど……でも、言い方というものがあるじゃないですか」
ねぇ、ソーヤさん、と僕に答えを振ってくるけれど、僕には一つ気がかりなことがあって、それをかわりに口にする。
ここで言っておかないと、このままズルズルと言う機会をなくしてしまいそうだし。
「ねぇ、マリー。僕は確かにコルラを殺してしまったけれど、カルラのことは殺していないんだ」




