270.美容師~邪魔をされる
キンッという乾いた音が響いた。
手に持つ弧影には何かを斬り裂いた感触ではなく、硬い何かを弾いたような感覚。
「おっと、ギリギリセーフだね」
言葉を発したのは、男を庇うようにしてレイピアを掲げるフィクスさん。
状況から鑑みると、風のように駆け込んできたフィクスさんが僕の弧影をレイピアで防いだのだろう。
フィクスさんの向こうには、顔を青くして引きつったまま固まっている男がいた。
自分の命が消える寸前だったのを今頃気がついたのだろう。
「なっ、何をする」
なんて、震える声で呟いている。
あーあ、フィクスさんも余計なことをしてくれたものだ。
あのままほおって置いてくれれば、この男も恐怖を感じることなく逝けたはずなのに。
自然と鍔迫り合いのような格好になっていたので、いったん剣をひいた。
そして、
「フィクスさん、どいてもらえますか?」
とお願いをしてみる。
けれど、彼の答えはこうだ。
「ごめんね、ソーヤ君、悪いけれどそのお願いは聞けないな。かわりにこっちからお願いがあるんだけど」
「なんですか?」
なんとなく察することはできたが一応尋ねてみた。
もしかして、僕の勘違いかもしれないし。
でも、
「ソーヤ君、剣を収めてくれたりしないかな?」
残念ながら、フィクスさんの言葉は僕の予想と同じだった。
なので、こちらも用意していた答えを返すしかない。
「無理ですね。僕はその男を許すことはでいないので」
「だよね。そう言うと思ったんだ」
ため息交じりにフィクスさんが下ろしていたレイピアを持ち上げる。
「そうしたらさ、やっぱりここは実力勝負をするしかないかな。ソーヤ君もそう思わない?」
「ですね。お互いに引けないならば、それも仕方がないことのように思えます」
右手で弧影を握り直し、数歩フィクスさんから離れて距離を取る。
頭の片隅では、どうして自分がフィクスさんと敵対しているのか疑問を感じている。
けれど、目の前の男を殺すのに、フィクスさんが障害となっているのは事実なわけで……なんだか頭がうまく働かない。
攻撃的な感情ばかりが胸の内でグルグルと蠢く。
「なら、負けた方が勝った方の言うことを聞く、ってことでいいかな?」
「ええ、僕は構わないですよ。では――」
「はじめようか」
言うが早いか、フィクスさんが間合いを詰めてきた。
それを予測していた僕は、迎え撃つことなく後ろに飛びのく。
それと同時に左手で黒錐丸を投擲し、小声で魔言を紡ぎ始めた。
フィクスさんは焦ることなくレイピアで黒錐丸を弾き、そのまま距離を詰めてこようとする。
ただその数秒で僕の準備は整った。
『アクアウォール』
水の壁を生み出して妨害しつつ、次の魔言を紡ぐ。
水の壁の一部が揺らいだのを感じて、横に数歩移動した。
水を突き破ってきた『エアバレット』が僕が元いた場所を通過していく。
さすがにBランクの冒険者だ。
一筋縄ではいきそうもない。
僕も実力を隠しながらでは勝ち目はなさそうだ。
用意が整った魔法を解き放つ。
狙う場所はつい今さっきフィクスさんの『エアバレット』が穴を開けたところ。
同じく『エアバレット』を連続で3つ飛ばしていく。
「えっ!? どうして!! ぐはっ」
壁の向こうから焦ったような声が聴こえた。
そして、痛みを堪えるような声も。
どうやら上手く命中してくれたようだ。
僕が風属性の魔法を使えるとは思っていないフィクスさんからすれば、予期せぬ魔法に不意をつかれたのだろう。
その隙に、次の魔法の準備を。
斜め右方向に駆けだしながら『アクアウォール』を全力で発動。
僕が走るスピードにあわせて、フィクスさんと僕の間に大容量の水の壁が生まれていく。
僕が目指すのはもちろんあの男がいる場所。
最初から決めていた。
フィクスさんと戦うことになっても、隙をついてあの男を殺すことを。
まともにやりあって、Bランクのフィクスさんに勝つのは無理だ。
けれど、一瞬の隙を作りだすことくらいならできる自信があった。
だから、そこに賭けることにしたのだ。
その瞬間を作りだすことだけに。
目当ての男は門に向かって走っていた。
ニムルの街に逃げ込もうとしていたのだろう。
だけど、そうはさせない。
門を通り抜ける前に終わらせてやる。
全力で動きすぎて息が切れているので魔言を紡ぐのは無理そうだ。
なので、もう一本の黒錐丸を投擲。
狙い通りに男の足に突き刺さり、無様に男が転んだ。
チラリと後ろを確認。
水の壁の向こう側にはフィクスさんらしき影がある。
かなりの魔力を込めたので、あと数秒は水が消えることはないはずだ。
今のうちに終わらせてしまおう。
足を抑えて地面を転がる男に走り寄り、一思いに首を跳ねようとした瞬間、
ドパァーンッ、と大きな音が背後から聴こえた。
そして、背中に押し寄せる衝撃が。




