266.美容師~経験値の譲渡に失敗する
リィィィン、と頭の中で音がした。
そして声が。
【シアンよりトリミングシザーへの足りない経験値の譲渡を開始……30…40……50……】
あれっ……前に聞いた時と、少し違うのに気がついた。
『???』で聞き取れなかった箇所が『シアン』に置き換わっている。
でも、それはいい。
リリエンデール様ではないが、僕としても想定内だ。
僕が今、気にかかっているのは、不安を感じているのは、経験値の譲渡が開始された数字。
シアンからトリミングシザーへの経験値の譲渡が始まった数字が低いことだ。
確か……。
僕は古くなりつつある記憶をなんとか手繰り寄せて思い出す。
初めてシザー7が覚醒した時は、80から譲渡が開始されていた。
2度目の時もそう。
シアンが青く発光して、シアンからシザー7に経験値の譲渡が行われた。
リリエンデール様の加護によって、《チョップカット》というスキルを得た。
その時も、数字は80から始まっていたはずだ。
それなのに、今回は30からのスタート。
その違いが、ボクを不安にさせる。
それを裏付けるかのように、数字は10ずつの上りではなく、小刻みな数字に変化していた。
【50……52……53……54……55……56…………57…………58………………シアンからトリミングシザーへの経験値の譲渡を終了しました】
無情にもコエが終了を告げて、数秒後に青い光も消え去ってしまう。
何故?
どうして?
どういうことだ?
「これで終わりなのか?」
震える声で呟く僕を見て、リリエンデール様が眉をひそめた。
どうやら、あのコエはリリエンデール様には聞こえていないようだ。
だから、シアンが光り上手くいったと思えていたはずなのに、僕の呟きを聴いて、僕の表情を見て、何かがおかしいと気がついた。
「ソーヤ君? 何が起きているの?」
尋ねてくるリリエンデール様に答えることなく、僕はシアンに呼びかける。
「シアン? シアン!! どうして終了させるんだよ? まだだっ! まだ終わっていない! 足りていないじゃないか!?」
「待って。落ち着いて、ソーヤ君」
今にもシアンに向けて拳を振り下ろそうとする僕の右腕を、リリエンデール様が必死に縋りついて止めてくる。
「……シアン、もう一度だ。もう一度経験値の譲渡を再開してくれ。まだあるんだろ? 残っているんだろ?
だって、僕はかなりの数の魔物を倒している。ついさっきだって、マッドウルフの群れを殲滅させた。10や20じゃない。あれだけの数だぞ? シザー7が覚醒する前に倒していた魔物の数の何倍も多いはずだ。
頼むから出し渋らないでくれ。僕にとって、今が大事な時なんだよ。今、僕には必要なんだ。
また魔物をいっぱい倒すから。そうしたら、またいくらでも経験値を貯めこめばいい。なんだったら、僕に渡す分も、お前達で使えばいい。僕には分けなくてもいい。だから……だからさ」
握りしめた拳を解いて、指先でシアンを撫でる。
僕の中にあった怒りはすでにどこかに消えていた。
かわりに僕を満たしているのは願い、懇願、祈り。
それらが指先を通してシアンに伝わるように願いながら、何度も撫でる。
そうしていると、シアンが青く光った。
僕の願いが通じたのかと思ったが、そうではなく小刻みに点滅をした。
弱く、消えそうなくらいの光で、青い色が数度瞬く。
けれど、僕が望んでいるのはそれではない。
もっと、目の奥を焼き尽くすような光だ。
全てを塗りつぶすような青の閃光。
あの音とあのコエを連れてきてくれる光なんだ。
「そう、そういうことなのね」
ピリピリと痛みを感じるくらいの沈黙の中、リリエンデール様が呟いた。
「わかったわ。あとはわたしに任せておいて。
大丈夫、ソーヤ君はあなたに怒っているわけではないのよ。大丈夫、大丈夫だから泣かないで。わたしがちゃんと説明しておいてあげるから」
立ちつくす僕の腰にそっと手を伸ばし、リリエンデール様が優しくシアンを撫でた。
シアンが泣いている?
リリエンデール様の言葉で、シアンが傷ついていることを知った。
僕はシアンに謝らなければいけないのだろうか?
シアンを傷つけたのは、誰でもない、間違いなく僕のはずなのだから。
躊躇している僕に、リリエンデール様が向き直る。
「ソーヤ君、シアンに謝るのは後でもできるわ。シアンもそれはわかってくれている。
それよりも、今はやるべきことがあるの。例のあのコを出してちょうだい」
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