265.美容師~経験値を与える
「やっぱりダメね。足りないわ」
「足りない? どういうことですか? やっぱりジストを助けられないってことですか?」
食い気味に質問する僕に、リリエンデール様が手を振って答える。
「ああ、違うのよ。違うの、ソーヤ君。
確かにこのままではダメだけど、一応この状況はわたしの中では想定内よ。だから、ここからもう少し状況を動かすことができるわ」
「状況を動かす? 僕にはよく意味がわからないのですが」
「うん、そうね。説明するわ。
わたしは確かにこのコにわたしが与えることのできる才能の力を全て渡したの。だからこのコには今、可能性の力が満ち溢れている。ここまではいい?」
「はい、理解できます」
「それでね、ソーヤ君にわかりやすく言うならば、このコは現在、待機状態にあるの」
「待機状態ですか?」
「そう、待機状態よ。
わたしから与えられた才能の力を、自分の存在全てで受け止めている状態。そこから先に進むには足りないものがあるのよ」
「足りないもの……それは、具体的どうすればいいのですか? 足りないものを与えるには、僕はどうすれば? 何をすればいいのですか?」
僕にできることがあるのであれば、なんでもする覚悟はある。
ただ、やるべきことがわからなかった。
「覚醒する為の経験値、と言えばわかるかしら。今のこのコに足りないものは、それよ」
経験値……それを与えるには、僕が魔物を狩ればいいのか?
でも、僕にはそんな時間はない。
現状、そんな猶予は許されていない。
であれば、やっぱり僕には何もできないわけで、このままジストを助けることができないということだ。
ひとり落ち込み項垂れる僕に、リリエンデール様は「だから」と言い、こう続けた。
「今からこのコに、その足りない経験値を与えるわ」と。
「足りない経験値を与える? そんなことができるのですか?」
「できる、と答えるのはわたしとしては合っていないかもしれないわね。だって、与えるのはわたしではなくソーヤ君、あなたなのだから」
「僕ですか? 僕がこいつに経験値を与える?」
「うーん、言いえてみれば、それもちょっと違うのかしら。ソーヤ君というよりも、ソーヤ君の持つ、そのコね」
リリエンデール様の指さす先には、僕の腰で揺れるシザ―ケースがある。
「ソーヤ君、覚えてる? 最初にソーヤ君の持つそのコ達が覚醒した時のことを」
「というと、シザー7ですか?」
「そうよ。そのコが初めて覚醒したとき、何があった? 思い出してみて」
シザー7が初めて覚醒した時。
僕に力を貸してくれた時。
僕のピンチを助けてくれた時。
その時は、
「頭の中で声がしました」
「そうね、でもわたしが言っているのは、その前のこと」
その前、それっていうと、
「コイツが青く光った」
「そうね、正解よ。だから今回もそうしてもらうの。いい?
ここからはわたしの想像というか、過程の中の話ね。ソーヤ君から初めてその時のことを聞いた時から、わたしはいろいろと考えてきたの。
ソーヤ君のレベルが上がらない理由にも関係のある話ね。少しだけそれを以前に話したけれど、覚えている?
つまりそのコ、シアンだったかしら? その仕組みはわたしにはわからないけれど、何故か本来、ソーヤ君が魔物を倒して得るはずの経験値をシアンが全て獲得しているの。
その経験値はシアンが一時的に保管して、ソーヤ君には微量、残りはソーヤ君の持つそのコ達に分配されている」
「ええ、覚えています。そのせいで、僕のレベルは上がらなかった。ずいぶん長いことレベル1のままで、やっとレベル2に上がったと思ったら、またそこから上がっていません」
「そう、ソーヤ君のレベルは一度上がったきりでレベル2のまま。でも、今日まででずいぶんと魔物を倒しているわよね? だとしたら、その時に得ているはずの経験値はどこに行ったの? どこにあると思う?」
ここまで言われれば、僕にもわかる。
僕が得ているはずだった経験値はこいつの中だ。
僕のシザーケースの蓋にはめ込まれている、シアンがそれを持っているはず。
ならば、それを分け与えてもらえばいい。
あの時だって、そうしてくれた。
だから今だってそうしてもらえばいい。
そう、リリエンデール様は言っているのだ。
「わかりました。なら、僕はシアンに頼めばいいわけですね? ため込んだ経験値の一部をコイツに、覚醒の準備をしているコイツに与えてくれるように」
リリエンデール様が笑顔で頷く。
「正解よ、大正解。あとはそのシアンに頼みなさい。わたしの考えが正しければ、それでそのコは覚醒するはず。ソーヤ君の望む力を得るはずだから」
僕はリリエンデール様に返してもらったトリミングシザーをシザ―ケースに戻した。
手に持っているよりも、こうした方がいい気がしたから。
蓋を閉めて右手の人差し指と中指でシアンを撫でる。
「頼む、シアン。お前が貯め込んでいる経験値をトリミングシザーに与えてくれ。あの時のように、僕に力を貸してくれ」
冷たかったシアンの表面に、ほんのりと熱がこもったのがわかった。
そして、青い光が溢れ出す。
眩しさに目を細める僕の頭の中で音が聴こえた。
それはこれまで何度か聞いたことのある音であり、あとに続くのは僕が今一番待ち望んでいたコエだ。
なのに、それなのに、そのコエの内容を聴いて、僕は愕然とした。
これで大丈夫。
全て上手くいくと信じていたのに、それを打ち砕くような内容だったのだから。




