262.閑話 ジスト~ほんとのきもち
ボクの名前はジスト。
たぶん、そうだと思う。
だって、みんながボクを見てそう呼んでいるから。
ボクのからだは黒い。
でもみんなは黒くない。
ボクは小さい。
みんなは大きい。
ボクだけみんなと違う。
みんなはだいたい同じ。
ボクはひとりぼっち……。
ボクが生まれた時は、そばにおかあさんがいた。
おとうさんはいなかった。
ボクと同じ小さいのもいたけど、やっぱりボクだけ変だった。
ボクがそばに行くと、おかあさんがはなれていった。
おにいちゃんやいもうと達も、あっちにいけってボクを噛んだ。
それが悲しくておかあさんに、助けて、って言うんだけど助けてくれなくて……少しずつおかあさんはボクのことを見なくなった。
みんなはお腹いっぱいおかあさんのお乳をもらえるのに、ボクはちょっとだけしかもらえなかった。
そのうちちょっとももらえなくなって、お乳がほしくて近くに行くと、あっちに行ってなさい、って怒られた。
あと、おかあさん、って呼ばないでって言われた。
話しかけないで、って……。
なんでだろう。
おかあさんは、ボクのおかあさんなのに。
みんながボクを置いてどこかに行こうとするから、ボクは必死に後をついていった。
でもお腹が空いて元気が出なくなって、気がついたらみんながいなかった。
みんなの匂いがする方へ、ちょっとずつ追いかけた。
やっとみんなを見つけて、うれしくてそばに行ったのに、おかあさんがボクを見て、いくわよ、ってみんなと走っていった。
どうして?
ボクもいっしょにいくよ!?
いっしょうけんめいに呼んでも、みんなは止まってくれなかった。
ひとりになったけど、ボクはおかあさんの匂いを探して歩いた。
疲れて歩けなくなったら少し休んで、また歩いた。
もうこれ以上は歩けない、そう思った時におかあさんの匂いを感じた。
ズリズリと這いずりながら、みんなのそばに向かった。
おかあさんのお乳の匂いがしたから、ボクもちょっとだけでも飲みたくて、手も足も痛かったけど、がんばって少しずつ近くに。
おかあさん、と呼ぶと、おかあさんがボクを見た。
ボクのことを見てくれた。
ボクはうれしくて、おかあさんにかけよった。
それなのに、おかあさんがボクのことをたたいた。
あっちにいって、って、ボクを手ではね飛ばした。
どうして?
からだじゅうがいたい。
ボクはおかあさんの近くにいった。
おかあさんはボクを手で飛ばした。
おかあさんの近くにいった。
おかあさんが手で……ボクはちょっとも動けなくなった。
みんなが遠くに走っていった。
ボクはここでひとりぼっち。
ボクはもう動けないから、みんなを追いかけられない。
おかあさん、って呼びたいけど、声がでなかった。
お腹がすいた。
手と足と、背中とお腹と喉と、たくさん痛い。
それに寒い。
寒くて体がぶるぶるする。
たすけて、おかあさん。
ボクはここだよ。
ここにいるよ。
目が覚めたらあたたかかった。
口の中におかあさんのお乳の味がする。
おかあさんが帰ってきてくれたのかな?
ちょっと目を開けてみたけれど、おかあさんはいない。
そのかわりに見たことがない大きなのがいた。
それから、ボクはひとりぼっちじゃなくなった。
ボクと同じ黒いのといっしょ。
黒いのはソーヤって呼ばれている。
みんなと違って、ボクと同じ黒のふさふさがある。
だとするとボクのおとうさんなのかな?
でも、ボクはフサフサしているのに、ソーヤはちょっとしかふさふさしていない。
なんでだろう?
やっぱりおとうさんじゃないのかな。
それともボクも大きくなったら、あんなふうになるのかなぁ。
ボクはソーヤを見ている。
ソーヤがボクを見ると、ボクはさっと目をそらす。
ソーヤもボクが近くに行ったら怒るかもしれない。
あっちにいって、っておいていかれるかもしれない。
そう思っていた。
それなのに、ソーヤはボクをやさしくさわる。
ボクのことがすきなのかな?
やっぱりボクのおとうさんなのかな?
でも、おとうさん、って呼んだら、おかあさんみたいにボクのことをきらいになるのかな?
すきだよ、って言ったら、おかあさんみたいにボクのことをきらいになるのかな?
こえをかけないで、って言われるのかな?
話しかけないでって……。
わからない。
わからないからこわい。
またおいていかれたらこわい。
ひとりぼっちにされるのがこわい。
どうしよう。
おとうさん、ってよんでみたらいいのかな。
でも……でも、でも。
ソーヤのそばにはいろんなのがいる。
みんな大きくて黒くない。
だからボクの仲間じゃない。
ちがう。
ボクとはちがう。
それなのに、みんなやさしい。
ボクのことをやさしくなでてくれる。
うれしい。
すきになってもいいのかな?
でも、すきになったらいなくなるのかな?
わからないけど、いいや。
やさしいからすき。
なめてあげる。
でも、ソーヤのことだけはすきになっちゃダメだ。
すきになったらいなくなっちゃうかもしれない。
ほかのがいなくなってもだいじょうぶ。
がまんできる。
ただ、ソーヤだけはダメ。
いなくなったらイヤだ。
だから、
ボクはソーヤがきらい。
きらいなふりをしなくちゃ。
起きたら暗かった。
まだ夜だ。
ソーヤもねている。
ちょっとだけ近くにいってみよう。
おきてないからだいじょうぶ。
見つからないようにそっと。
ソーヤにくっついてみる。
あたたかい。
安心する。
なんだかねむくなってきた。
はやくはなれないと。
でも、ちょっと。
もうちょっとだけそばにいたい。
ソーヤがおきる前にはなれればいいや。
きょうは変なヤツにあった。
ボクよりちょっとだけ大きいヤツだ。
ソーヤのことをペロペロなめている。
なんか、いやなきもち。
あっちにいけ、って言ったら、おまえもこっちに来いよ、って言われた。
いきたい、けどいけない。
ちかくにいたらうれしくて、さわられたらソーヤをなめちゃうかもしれない。
ボクがソーヤをすきなことがばれちゃうかもしれない。
ソーヤがこっちを見ている。
ダメダメ、目があっちゃう。
ソーヤがこわい顔をしている。
どうしたの?
ボク、なにかした?
ボクのことをきらいになった?
変なヤツのおとうさんがボクの首を噛んだ。
なに?
やだ。
やめて。
ボクはソーヤといっしょにいる。
あぶないからこっち、って変なヤツが言った。
ソーヤに頼まれたから少しはなれるの、と変なヤツのおかあさんがいった。
だからボクはおとなしくした。
ソーヤはたくさんの怖いヤツと戦っていた。
倒しても倒してもたくさん。
がんばれ!
まけないで!!
ソーヤはすごくつよい。
ぜんぶやっつけた。
変なヤツは喜んで走っていった。
ボクも走っていきたいけどがまん。
ソーヤ、だいじょうぶ?
血がたくさんだけどいたくない?
変なヤツみたいにいっぱいなめてあげたいのにできない。
くるしくてかなしい。
ソーヤは、ボクのおとうさんなのに。
なんだか変なにおいがする。
変なヤツのおとうさんとおかあさんも言ってる。
ソーヤがボクをつかんでいつもの場所にいれた。
ちょっといたかった。
どうしたの?
ソーヤが急に倒れた。
しらないヤツがボクのことをつかんだ。
なに!?
なにするの!?
やめてよ!!
ソーヤの匂いがはなれていく。
どうして?
ボクはソーヤといたいのに。
もしかして、ボクがソーヤをすきなのがばれちゃったのかな?
だからいっしょにいられなくなったのかな?
やだ。
やだよ。
ソーヤが来た。
ボクを返せ、って怒ってる。
ボクはソーヤにとって大事なの?
やっぱり、ソーヤはボクのことがすきなの?
ボクのおとうさんなの?
首をつかまれた。
くるしいっ。
えっ、なに!?
いたいっ!
のどがあついっ!!
口がかってにうごいちゃう。
こえをだしちゃいけないのに。
たすけて……おとうさん……。




