261.美容師~コルラの嘆きを聞かされる
「見つけた!」
≪気配察知≫の範囲の中にコルラとジストが飛び込んできた。
向こうも僕の存在に気がついたのだろう。
急に動きが早くなった。
けれど、魔法職のコルラよりも、スキルを総動員している僕の方が圧倒的に早い。
グングンと加速し、ニムルの街の門でついに追いつくことができた。
門の前には1台の馬車。
貴族が乗っていると一目でわかるような豪華なものだ。
その横には小太りな男。
門に立っていた門番の男を邪魔そうに追い払い、コルラを見つけるなり、「早くしろ!」と叫んだが、追いかけてきた僕が視界に入ると「ちっ」と舌打ちをした。
「コルラ、なんであいつがここにいる? 例のモノはどこだ? んっ? そういえば、カルラはどうした?」
男が矢継ぎ早にコルラに話しかけるが、コルラは息を整えるのに精一杯で返答ができない。
しかも僕と相対しているものだから、その表情には怯えのようなものが見え隠れしていて、男の問いに答える余裕はなさそうだ。
「ジストを返せ」
≪心肺強化≫のおかげか、僕の息はそれほど上がっていない。
なのでゆっくりと近づき、右手を真っ直ぐに差し出した。
コルラは胸の前で抱えていたジストをぎゅっと抱きしめ、真っ青な顔で呟いた。
「カルラは? ……殺したの?」
僕が殺したわけではない。
けれど生きているわけでもないので、結果だけを答えた。
「あいつは死んだ」と。
「そう。死んだの」
コルラはポツリと呟き、地面に視線を向けた。
「だからカルラは馬鹿なんだ。余計なことばかりして、わたしの言うことをちっとも聞かない。
だからわたしが目を離した隙に、簡単に死んでしまう」
ブツブツと小声でささやくコルラの声を≪聴覚拡張≫が僕に届けてくれる。
「カルラがいないと、わたしは一人になってしまった。
カルラだけがわたしに話しかけてくれたのに。みんなが暗い奴って言っても、カルラだけは『笑え』って」
コルラの呟きは止まらない。
腕の中でジストが苦しそうに身じろぎをくり返している。
なんか、ヤバそうだ。
これ以上興奮させると、何をするかわからなくて危うい。
なるべく刺激せずにジストを取り戻さなくては。
門番の男も、状況を理解して判断したのか詰め所に向かって走っていく。
それなのに、一人だけこの場を理解できない男がいた。
「おい! 何をさっきからブツブツと。いいからさっさとその黒い生き物を寄越せ!」
タイミングを計る僕をよそに、あの男が横からコルラにつかみかかるが、その手を、コルラが勢いよく振り払った。
「何がいいの!? カルラが死んだ!
元はと言えばお前のせいだ! お前があの男に変なちょっかいをかけようとしたから。お前がこの奇妙な生き物を奪ってこいなんて命令をしたから!
そのせいでカルラが死んだ!! 全部、お前のせいだ!」
髪を振り乱して叫ぶコルラに、よせばいいのに男が言い返す。
「なんだと! 吾輩に向かってなんたる口の利き方だ。暗くてジメジメした女のくせに生意気な。
カルラが死んだだと? 馬鹿が一人死んだだけではないか。吾輩にはそんなことよりその生き物の方が大事だ。
わかったらさっさと寄越せ。あと、こうなったら目の前にいる男も邪魔だ。始末しろ!」
「こいつを殺せって? できるわけない。
この男はカルラよりも強い。わたし達が二人揃っていても勝てない。それをどうやって殺せばいい?」
「使えん……ならば相打ちでもなんでもいい。とにかく殺せ! カルラの敵だぞ。生かしておいていいのか?」
「……カルラの敵……」
コルラの呟きを聞いて、男がニヤリと笑う。
自分でも上手い言い訳だと思ったのだろう。
コルラを誘導できたと確信したのだろう。
これでコルラが僕に特攻をしかけると踏んだはずだ。
それには腕に抱えているジストが邪魔になるはずだと。
「ほら、その邪魔なモノは吾輩が預かっていてやろう。こちらに渡すといい」
笑顔のままコルラの腕からジストを抜き取ろうとした男の手を、再びコルラが振り払った。
しかも、その手にはいつのまにかナイフが握られていて、腕を斬りつけられた男が「ひぃぃ」と悲鳴をあげた。
ただ、コルラの目はその男を見ていない。
真っ直ぐに僕へ向けられていた。
「カルラの敵ね……確かにあんたはカルラの敵だ。だから、あんたにも同じ目にあってもらう。大事なモノを失くしてもらう。
わたしは一人になった。だからあんたも一人になればいい。この子に恨みはないけれど、こうさせてもらう。恨めばいい。好きなだけ」
コルラが左手に持ったジストを掲げた。
そして、右手のナイフをその首元に突き刺す。
その瞬間、ジストの声が聴こえた。
小さな、小さな声だった。
けれど、はっきりと僕には聞こえた。
理解できた。
「たすけて……おとうさん」と。




