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女神様の美容師  作者: 獅子花
美容師 異世界に行く
26/321

26.美容師~黒曜の籠手の謂われを知る

 

 ギルドの受付にいたのは、マリーでも昨日の受付嬢でもなく、キンバリーさんだった。

 素早く書類に目を通しては、羽ペンで書き込み、脇に重ねていく。

 

 元Cランクの冒険者で、書類仕事もできるくらいに有能とは。

 とりあえずの僕の目標は彼にしよう。

 この機会に色々と質問してみたいこともある。

 長剣の扱い方や戦闘訓練等、強者ならではのアドバイスがもらえるかもしれない。


「こんにちは。キンバリーさんが受付業務なんて珍しいですね」


「ソーヤ君か、こんにちは。マリーが休みだから今日は仕方なくだね。もう一人は元から休みだったし」


「マリーが休み? 調子でも悪いんですか?」


「うーん、調子が悪いというかなんというか……ソーヤ君、少し時間いいかい?」


「ええ、依頼を受けにきただけですから特に急ぐわけでもないですし」


「なら座って話そうか」


 カウンターを出るついでに職員に声をかけ、僕が席に着くと対面に座った。

 キンバリーさんはしばらく僕の左腕に視線を向けたまま考え込むかのように黙り、職員がコップを二つテーブルに置いて去っていくと、


「どうぞ、奢りだよ」


 と言った。


「どうも、いただきます」


 とりあえずコップから一口飲んで、テーブルに戻す。


「それで何か僕に話でも?」


「ああ、そうなんだけどね……どう切り出そうか迷っているんだけど、君が手に入れたその籠手なんだけど、実は僕の知り合いが愛用していたものでね」


 どうやら、あの人とは、キンバリーさんも知る人物のようだ。


「まぁ、僕の知り合いというか、グラリスやマリー、このギルドの古い職員ならほとんどが交流がある人なんだ」


「それは……冒険者の人なんですね?」


「そうだよ。この街を拠点にしていた冒険者でね、当時Aランクに最も近いBランクと言われていた。彼が愛用していた物なんだ」


 懐かしい記憶を手繰り寄せるように、キンバリーさんが薄く微笑む。


「彼はね、グラリスやマリーの父親とよく3人で飲むような間柄でね。

 マリーも小さな頃から懐いていて、いつも肩車をしてもらっていたのを覚えてる。子供ながらの初恋でもあったんじゃないかな? 周りで見ていてそうな風に思えたよ。

 まぁ、どこにでもありそうな、ほのぼのとした感じだね。何も問題は起こることなく、このまま変わらずに時は進んでいくと思っていたんだ。あの日まではね」


「その日、何かが変わったと?」


「そう、変わったというかね……それは突然だった。

 彼の故郷に魔物の大群が向かっているという情報がギルドに回ってきてね。ただ、国の判断ではその街を見捨てることが決定していた。群れのスピードが早すぎたんだ。

 兵や冒険者を集めて、それから出発したんではとても間に合わないとわかり、その街の次に通り道になる別の街での迎撃が決定されたんだ。

 ギルマスは大分悩んだけれど、彼にその話を伝えた。彼は自分一人でも魔物に立ち向かうと、飛び出していこうとした。

 皆で無駄死にになると散々止めたんだけど、やっぱり故郷を見捨てることはできなかったんだろうね。あいつは優しい奴だったから……彼はその時グラリスに籠手の修理を依頼していてね、修理が間に合わずに籠手を預けて行ったんだ。

 きっと無事に戻るから、それまでこいつを預かっておいてくれと言って。ただ、3年経っても自分が戻ってこなかったら、この籠手はグラリスにやると言ったそうだ。売って、店の経営の足しにでもしてくれってね」


「……その街はどうなったんですか?」


「彼以外にもその街を守ろうとたくさんの人が必死に抵抗したらしい。けれど、魔物の暴走は止められなかった。たくさんの死人がでたよ。

 全滅じゃなかったのが攻めてもの救いだね。魔物の群れはその街を壊滅させてそのまま進み、待ち構えていた国の兵や冒険者達によって呆気なく倒されたそうだよ。当時の話を聞くかぎりでは」


「そうですか」


「僕はその時、Fランクでまだ駆け出しの冒険者だったからね。救援部隊側に組み込まれていたから、魔物の群れが倒されてすぐに彼の故郷に向かったんだ。

 けれど、その光景はとても酷いものだった。街の防壁はほとんど崩れていて、そこらじゅうに魔物と人が折り重なるように倒れていて、血の臭いや腐臭でとても呼吸ができないくらいだった。僕はせめて彼の遺体だけでも持ち帰ろうと、必死に探したんだ。

 でも、見つからなかった。だから、生きているんじゃないかとも思った。彼はとても強かったから、怪我をして動けないだけで、しばらくすれば悔しそうな顔をしながらも、この街に戻って来ると信じていた。

 僕だけじゃなく、ギルマスやグラリス、マリーの父とマリーも。一月が過ぎ、半年が過ぎた。一年が過ぎると、皆の気持ちも折れてしまった。それでもまだ信じていたのは、グラリスとマリーだけだった。

 二人だけは決して彼の死を受け入れようとはしなかった。ギルマスとマリーの父が相談し、せめて葬儀をと言っても、激怒した二人はそれをさせなかった。そうしてしまえば、彼が二度と帰ってこないことを、認めることになるから」


 いつのまにか、左手に嵌められた籠手を右手で撫でていた。

 そんな大事な籠手だったんだ。


「彼がこの街を飛び出していってから3年が過ぎた頃、マリーはこのギルドで受付嬢として働きだした。たぶん、彼と同じ冒険者の手助けがしたかったんだろう。

 でもね、冒険者には危険がつきものだ。どんなに注意していても、普通に暮らすよりも死は身近になる。

 僕達がね、危険だからと必死に止めたって、冒険者が依頼を受けた後はどうすることもできない。無事に帰ってくるように祈るだけなんだ。

 僕だってCランクまではなんとか進んだ。でも結局は怪我が元で引退したんだ。今では全力の戦闘はできて5分がいいところだろうね。それでも命があっただけマシだと思っているよ。死んで消えてしまうよりはね。ちょっと話がそれてしまったかな」


 喉が渇いたのだろう、キンバリーさんがコップを手に取り、一気に飲み干した。


「マリーはね、この辺りに出没する魔物の生体や対処法なんかを必死に学んでいた。冒険者が依頼を受ける時にはできる限りの助言を与えていた。

 彼らが死なないように、できることを彼女なりに探していたんだと思う。でもね、冒険者なんて職業になる人達は、自分の腕に根拠のない自信を持った奴が多くてね。

 ろくに話を聞きもしないで、依頼を失敗すれば情報不足だと文句を言うのが当たり前。理不尽だろ? 若かりし自分のことを思い出すと、あまり僕も人のことは言えないけどね」


 空になったコップを手で弄び、おどけるように笑った。


「マリーはね、日に日に笑顔を見せなくなった。笑いはするんだ。でも目が笑っていないことは子供の頃から彼女を知っている人ならすぐにわかる。

 ギルドの仕事を辞めると思った。ギルマスもそうするように進めたらしい。けれど、彼女は頑として首を縦には振らなかった。

 討伐依頼を受けようとする冒険者に採取を進めては文句を言われ、無理な依頼の受注を断っては罵詈雑言(ばりぞうごん)を浴びせられ……それでも彼女はこのギルドのカウンターから離れなかった。

 おかげでタチの悪い冒険者は別の街に移動していった。この街に残っている冒険者は、皆マリーの頑張りを認めている者ばかりさ。だから新人に絡むような馬鹿はいない。そうじゃなかったかい?」


 だから僕は誰にも絡まれなかったわけか。

 ギルドの門を潜った時点で、マリーに助けられていたのか。


「ただ、どんなに気をつけていてもね。人は死ぬ時は必ず死ぬんだ。新人の内が一番危ない。君が初めてこのギルドに来て登録した時、僕達はまた揉め事が起きると身構えていた。マリーが採取依頼を進めるのがわかっていたから。

 でも、君はすんなりとそれを受け入れた。それどころか、マリーの助言を丁寧に聞き、お礼まで告げてくれた。彼女の嬉しそうな顔を見て、僕まで嬉しかった。きっと他の皆もそうだったと思う」


「僕はただ素直にマリーの話を聞いただけです。ろくな知識もなく、そうするしかないのもあったし」


「それが良かったんだろうね。普通はある程度冒険者について調べて来るし、それで得た知識の分だけ、自分が強くなったと勘違いする。

 もちろん、君が優しい人なのが1番の理由だけどね。君と話しているとね、マリーは昔のように笑うようになった。怒ったり拗ねたり、別の感情もストレートにぶつけている。これって、凄いことなんだ。僕らにとっては」


「そうなんですか?」


「そうなんだよ。彼女は君以外にも新人冒険者に対して世話を焼こうと必死だった。でも、相手にしてみれば鬱陶しかったんだろうね。

 採取依頼を受けておいて、別の魔物の討伐に向かったりなんてよくしていた。

 僕らは彼らの行動を縛ることはできないし、討伐してきた魔物の買い取りだって理由なく拒否することもできない。

 ただね、そんなことをしていれば、ちょっとしたきっかけで失くしてしまうんだ、命を。ギルドのサポート無しで実力の伴わない魔物を毎回無事に倒せるわけがない。

 そうするとね、彼女は自分を責めるんだ。誰がどんなにマリーのせいじゃないと言っても、耳をかそうとはしない。そして…‥彼女はあまり笑わなくなった。本当の意味でね」


 僕の知っているマリーはよく怒り、よく笑う。

 なんだか想像ができなかった。


「だからね、感謝しているんだ。僕達は。グラリスが君にその籠手を売ったのも、譲ったのもそういう意味だとわかってほしい。君が決して死なないように、君を守ってくれるように君に渡したのだと」


「死なないように?」


「別に冒険者を辞めろと言ってるわけじゃない。でも君に死んでほしくないっていう想いだけは理解してあげてくれ。

 大事にしなくてもいい、|詮は()でしかない。誰かにそれをよこせと殺されそうになったら、素直にあげてしまっても構わない。君の命には変えられないのだから」


「わかりました……大事にします。でも危ないときは躊躇わず使い潰させてもらいます。僕の命を守る代わりとして」


「ああ、それでいい。そうしてくれ。それに誰かがその籠手に関して君に文句を付けたら僕に言ってくれ。グラリスとマリーが認めたんだ、他の誰にも文句は言わせない」


「ありがとうございます。でも……言い付けるのは、ちょっと格好悪くないですか?」


「普通ならそうだがな……ただ、僕よりも先にマリーやグラリスの耳にそれが入ると、面倒なことになると思わないか?」


 キンバリーさんの言葉を想像して、確かにと納得した。


「わかりました。自分でなんとかできないときは、ご相談させてください」


「理解してくれて助かるよ。あの二人が組んだら何をしでかすか……」


 遠い目をするキンバリーさんを見て、ああ、すでに前科持ちなのかと不憫に思う。




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