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女神様の美容師  作者: 獅子花
美容師 異世界に行く
259/321

259.閑話 カルラ~対面する

一部、残酷な表現があります。

ご注意下さい。


 

 思わず剣から手を放して、両腕で庇うように顔を覆った。


 ドンという衝撃を胸に受けて数歩後ろに下がりつつも、なんとか視界を確保しようと薄っすらと瞼を開く。


 そこには、黒いナニカがいた。

 あたしとあの男の間に立ち塞がるように、黒いナニカが立っていた。

 それは人型のような形をしていて、表面が絶えず蠢いていた。


「足りない……まだ足りないのに……もう少しで集まったのに……」


 甲高い、女の声が聴こえた。

 黒いナニカは生き物なのか?

 しかも女?


 あたしは散り散りになりつつある思考をかき集めながらも、目の前のモノを観察する。


 蠢く黒いモノは、細く長いナニカの集合体のようだった。

 それが密集して、かろうじて人のような形を作っている。


「あなたのせいで出てくるしかなかった……に見過ごすことはできない……わたくしがどれ程の想いで我慢していたか……もう少しで集まるはずだったのに」


 黒いナニカは忌々しそうに言葉を発する。


「しかも……好き勝手に傷をつけて……許せない……元から許すつもり等ないけれど……それでも許せない……許せない……許せない……あなたも同じ目にあうがいい」


 蠢く黒い塊の隙間から、二つの眼光がのぞく。

 あたしは震える体で剣を構えた。


 なんだコイツは?

 あたしの目の前にいるこのモノはなんなんだ!?


 怖い。

 逃げたい。

 逃げ出したい。


 それなのに、あたしの体は動かない。

 ヤバい。

 ヤバすぎる。


 頭の中で警報のような音が鳴り響く。


 駄目だ。

 勝てない。

 勝てるはずはない。


 コイツはあたしにとっては捕食者だ。

 何故だかそれがわかる。


 マッドウルフに睨まれたか弱い人間?

 いや、そんな可愛らしいものではない。


 そんな表現では足りえない。

 あたしはなんてモノと敵対してしまったのだ。


 ナニを呼び出してしまったのだ。

 そもそも、コイツはなんなのだ!?


 叫び出したい程の恐怖に苛まれながら、助かる為の道を探す。

 カタカタと歯が音をたてる。

 それでも、あたしは必死に言葉を作る。


「……たっ……たすけて……」


 黒いナニカはあたしの命乞いを聞いて笑った。

 クスクスと笑ったのだ。


 楽しそうに。

 可笑しそうに。

 嘲笑った。


「ふふ、うふふふっ。どの口が? この方をこんな目にあわせたあなたが、よくもまぁ『たすけて』等と言えるものですね?」


「……悪い、悪かった。申し訳ない。なんでもする!? あたしにできることならなんでもするから! だからっ――」


 必死に言葉を重ねるあたしに、黒いナニカから黒が伸びる。


「不快です。それ以上口を開かないでもらえないかしら?

 ああ、とりあえず、あなたも同じ目にあってもらうことにしましょう。そうでないと、わたくしの気がすまない」


 左腕に帯状の黒が絡みつき、ギリギリと締めつけてくる。


「うあっ!? やめ、やめてっ」


 震える右手に持った剣で斬りつけているが、その行為は剣の衝撃をあたしの左腕に響かせるだけ。


 そして、鈍い音をたててあたしの左腕が折れた。


「ぐっ、がぁぁ!」


 ぶらん、と垂れ下がる左腕から黒がシュルシュルと巻き戻っていく。


 剣を持ったままで左腕を庇うように抱きかかえ、


「これでっ、これで気がすんだだろ? ならこれ以上は――」


「気がすんだ? これでって、どれで?」


 黒い人型の首元辺りが、首を傾げるように折れ曲がる。


「無事な手足がまだあと3本も残っているじゃないの? そうでしょ? 違う?」


「くっ、化け物め」


「化け物? 酷いことを言うのね。

 なら教えてくれないかしら。同じ人間を快楽の為だけに痛みつけていたあなたは正しい人間なのかしら? きっと他人様には見せられない顔をしていたんじゃないの? どう?」


 こんな化け物に正論紛いの説教じみた言葉をかけられて、あたしは怒りでどうにかなりそうになる。


 けれど、かわりにあたしを蝕んでいた怯えは消え去り、体に力が漲ってきた。


「やってやる。殺らないと殺られるなら殺るしかない」


 こうなると折れた左腕が邪魔に感じた。

 とてもじゃないが庇いながらでは無理だ。

 最悪、左腕一本を捨てる覚悟でいくしかない。


「あら、生意気な目ですこと。でもまぁ、逃げないでくれるのは助かりますね。追いかけるのは面倒ですし」


 黒い塊の口元部分がぱっくりと上下に割れた。

 その奥には赤。

 血のような赤い口がニタリと歪に笑った。


 それを見た瞬間、あたしの中を満たしていた力は風に吹き散らされた霧のように、大気中に消え去った。


 持っていた剣を投げつけて黒い塊に背中を向け、逃げ出そうと足を踏み出した。


 ダメだ。

 アレはとてもじゃないがあたしの手には負えない。

 いや、あたし以外の誰にでも無理だ。


 怖い。

 イヤだ。


 見たくない。

 見られたくない。

 同じ場所にいたくない。


 なのに、必死に足を動かすあたしは、いつのまにか地面に倒れこんでいた。


 右足がうまく動かない。


 無事な右手で地面を押し返し、飛び起きようとしても体がこれ以上前に進まない。


「それ以上はそちらに行かないでほしいのですが……ああ、この足があるからいけないのですね。とりあえずこうしてしまいましょう」


 右足、次に左足。

 両方の足から力が抜けた。

 ぐしゃり、と聞こえた音はあたしの膝が砕ける音だ。


「いっ!? がぁぁぁ!!」


 遅れてやってきた痛みが、あたしの口から叫び声になって外に出ていく。


「あらあら、まるで獣のような叫び声ですね。

 あなたはそれでも人間ですか? それとも人間のような見た目の化け物ですか?」


 くすくすと楽しそうに笑いながら、黒いナニカが問いかけてくる。


 痛みでうまく頭が回らない。

 唯一無事な右腕で、這いずるように前に進もうとするが、ズルズルと引きずるように戻された。


「まだあと一本残っていますが、時間がないのを思い出しました。残念ですが、そろそろ終わりにしましょうか」


 蠢く黒に体を抱えられ、向き合うように地面に座らせられた。


「ふっ、ふっ、ふっ」


「あらあら、笑っているのですか? 楽しそうで何よりですね」


 違う。

 あまりの恐怖に呼吸ができないのだ。


 気が狂いそうだ。

 いや、もうすでに狂っているのかもしれない。


 だってあたしには目の前の塊がアレに見える。

 あたしにもあり、誰にでもあるアレ。

 そう、あそこで倒れているあの男のモノと同じ色。


 ソレが波をうつように人型となり蠢ているのだ。

 その一束が伸びてきて、あたしの首に絡みついた。


「それではごきげんよう……さようなら」





お読みいただき、ありがとうございます。


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