256.閑話 カルラ~ジストを狙う
本当に、昨日は最悪の一日だった。
きっと隣を歩くコルラの頭の中だって、あたしと同じはずだ。
あのむかつく冒険者ギルドの受付嬢。
本来であれば、バリスタイン様に逆らって無事ですむはずはないのに、それもこれも途中で乱入してきた変わった黒髪黒目の男のせいだ。
いや、あいつのせいなのは間違いではないが、あの場を収めたギルドマスターの男。
あの男はヤバい。
あたしとコルラの二人がかりでもまず勝てないだろう。
しかも、バルトロメロ様の知り合いだなんて……酔った子爵様が嬉しそうに語る昔話に登場するあの男。
手を出したら確実にあたしなんて消される。
コルラだって消されるし、バリスタイン様だってどうなることか。
そんな不利な相手に喧嘩を売れるわけはなく、悔しさを押し殺しながらもあたし達はギルドを後にした。
けどまぁ、そんな状態でバリスタイン様の気分が良いはずもなく、宿に戻ったあたしとコルラは散々バリスタイン様に怒鳴られることになった。
『お前達が不甲斐ないから吾輩がこんな目に合うのだ!』
そんなことを言われても……正直そうは思うが、口答えなんてできるはずもなく、黙って罵詈雑言を浴びるあたしとコルラ。
バリスタイン様は怒鳴るだけでは飽き足らず、散々周囲の物に当たり散らして、剣で部屋をめちゃくちゃに壊してしまった。
この短気なところを直せと、バルトロメロ様から怒られているのになぁ、なんて思いつつも、もちろん表情には出さない。
本当は主人を想う従者ならば、こんな時は注意をするべきなのかもしれない。
でも、あたし相手には好き勝手言うコルラだって、バリスタイン様には無理だ。
コルラだって心の中では絶対そう思っているくせに。
というわけで、散々叱責を受けたあたしとコルラはバリスタイン様から命令を受けた。
あの男が庇った受付嬢の腕の中にいた、真っ黒で珍妙な生き物を手に入れてくるように、と。
そんなものいたっけな? と思い出せないあたしとは違い、コルラはしっかりと目撃していたようだ。
バリスタイン様に2、3確かめると、情報を集めてくると断りを入れ、あたしを伴って部屋から出ることに成功。
ふー、これで一安心。
ため息をつくあたしにコルラが言った。
「黒い生き物は最初、あの男が持っていた。だからたぶん、あの男の持ち物だと思う。
わたし達はついさっき問題を起こしたばかりだから、冒険者ギルドでは情報が集まらないかもしれない。だから聞き込みは屋台や商店の方がいい。
それに効率を考慮するなら二手に分かれて集めるべき。カルラは真っ黒で毛むくじゃらな生き物の飼い主は誰か聞き込みをして。わたしは他にもいろいろと情報を得てくる」
コルラは昔から頭がいい。
魔法の腕もそこそこだし、悪だくみも得意。
あたしは剣の技量には自信はあるけれど、考えるのは苦手だ。
だからこういう面倒なことはコルラに任せるに限る。
あたしは言われた通り動けばいい。
わかった、と返事をしてぶらぶらと街を歩きながらそれとなく聞き込みをしてみた。
すると、コルラの読み通り、あの黒髪の男、ソーヤという名前の男が飼っているペットのようだ。
宿で待ち合わせをしたコルラと情報をすり合わせ、バリスタイン様に報告をした。
とは言っても、報告するのはコルラの役目であたしは隣に立ってそれらしくしているだけ。
ほんと頼りになるよ、コルラは。
面と向かっては絶対言わないけれど。
バリスタイン様と打ち合わせ? というかいつもの悪だくみを終えたコルラは荷物の中から必要な物を吟味して、明日に備えて早く眠るとあたしに告げた。
簡単に説明してもらったが、あの男を罠に嵌めるみたい。
バリスタイン様にしてみれば、欲しいものを手に入れてあの男を亡き者にする完璧な計画とのこと。
頭の悪いあたしにはよくわからないけれど、コルラに任せておけばいいか、と普段のように思考は放棄。
あたしはあたしの役割通り、剣を振ればいい。
コルラに確認したが、それでいい、と言われた。
朝起きて、隣を見るとコルラがベットにいない。
まぁ、いつもあたしの方が後に起きるので普段通りだ。
けれど、ローブや杖もないので、どこかに出かけたみたい。
あたしは出かける準備をして待つことにした。
部屋に戻ってきたコルラが、行くよ、というので一緒に宿を出る。
バリスタイン様には報告済みらしい。
コルラについていくと、ニムルの街の外に出た。
目的地はニムルの森。
どうやらあの男はギルドで依頼を受けて、マッドウルフの討伐に向かったとのこと。
黒い奇妙な生き物も一緒だと目撃情報も掴んでいる。
そこを襲撃してあの生き物を奪うのだろう。
「あたしはあの男を斬ればいいんだね?」
一応確認しておこうと聞いてみると、
「カルラはやっぱりバカ。さっき説明したばかりなのに……もういい。カルラはわたしが言ったことだけやればいい。そうすれば上手くいくはず」
「いつもみたいにか?」
「そう、いつもみたいに」




