253.美容師~狼親子を逃がす
252話を一部修正しました。
ジストがソーヤのフードの中にいることに、文章を加筆しています。
「邪魔するつもり?」
カルラが目を細めて好戦的に笑う。
「邪魔も何も、さっきから二人で仲良く会話を楽しんで、僕の質問は無視されたままなんだけど?
でも、何をしたいのかはわかったよ。そして、それをさせるつもりはないから、必然的に僕は君達の邪魔をすることになるね。できればこのまま帰ってくれると嬉しいな」
「ふんっ、ちょっと腕がたつからって偉そうに……あんた、どこから見てもボロボロじゃない。そんなんで、まともに戦えるのかしら?
まぁ、あれだけのマッドウルフを一人で倒し切ったことは褒めてやってもいいけど」
「確かに見た目はこんなだけどさ、回復薬で体力も魔力も満タンだよ。
さっきのマッドウルフの群れに比べれば、君達二人の相手くらい楽なもんだと言わせてもらう。
なんならこの場にあるマッドウルフの死体から剥ぎ取れるだけ魔核結晶や好きな部位を持って行ってもいい。
悪いことは言わないから、この狼親子を狙うのはやめてくれないかな?」
無駄かもしれないとは思いつつも説得を試みてみると、コルラがカルラに視線を飛ばす。
カルラが小さく頷くと、コルラも頷き小さく口を開いた。
交渉決裂なのだろう。
コルラは魔言を紡ぎ始めたようだ。
何の魔法を使うのか。
それはずっとコルラの囁く魔言を届けてくれていた、≪聴覚拡張≫が僕に教えてくれる。
だから、僕は二人に話しかけながらも、コルラがどこにその魔法を撃ちこむのかをずっと考え続けていた。
『エアーウォール』
風の壁が地面から天に向けて吹き上がる。
それと同時に二人が両側に向けて別々に走り出す。
走り出したのだが、「チッ」と舌打ちをして走るのをやめたようだ。
僕はその光景を、風の壁の向こう側から眺めている。
2人の作戦はたぶん、こうだったはずだ。
狼親子から僕を分断するべく、狼親子と僕の間に風の壁を作り、二人はその両サイドから周りこむつもりだった。
けれど、僕はコルラの魔法が発動する直前に大きく後ろに飛びのき狼親子と合流。
風の壁は僕達と2人を分断する場所で吹き上がっている。
これもフィクスさんからの教えの賜物だった。
『自分だったらどう魔法を使うか常に考えていれば、相手のしたいことはだいたいわかる』だそうだ。
Bランク冒険者からの貴重なお言葉が役にたった瞬間だったりする。
「お前達、今のうちに逃げろ! あいつらは僕が押さえておくから!」
返事をする間も惜しむかのように、三匹が同時に駆けだしていく。
振り向きもしない狼親子の後ろ姿を眺めながら、マリーのあの時の気持ちはこんなだったんだなぁ、と感じた。
お前一人を残していけるわけがない!
狼がこんなセリフを吐くわけはないが、ちょっとくらい迷う素振りを見せてくれたっていいと思う。
僕だってシェミファさんのことをマリー一人に任せて逃げたのだから、人のことをどうこう言うことはできないけれど。
さて、狼親子は無事に逃がしたし、あとはなんとか僕が逃げられればいいんだけど。
あまり魔力を込めなかったのだろう。
風の勢いが徐々に弱まっていき、砂埃を巻き上げていた壁が消え去った。
「あーあ、逃げちゃった。コルラがちゃんと魔法を使わないからだぞ」
「そんなことない。カルラが上手くあの男の気を逸らさなかったのが悪い。だからわたしは悪くない。バリスタイン様にもそう報告するし」
「お前! それは卑怯だぞっ!!
そもそも……まぁ、いい。普通種の狼のことは内緒にしよう。そうすればバリスタイン様に怒られなくてすむ」
「わかった。それなら同意」
眉間にしわを寄せながらも、コルラが頷いた。
「それに、バリスタイン様の命令はアレだしね。ターゲットはそこにいるんだろ?」
「いる。大丈夫。たぶん、あの男のフードの中。さっき、ちょっと動いてた」
「そうか。なら一安心だ。
それにしても、まだ効かないのか? コルラ、ちゃんと風を送ってるよな?」
「やってる。さっきから流しているけど、なかなか効かない。もしかして耐性持ちかもしれないけど、もうそろそろ効果は出ていると思う」
コルラが腰に付けている丸い金属を手のひらで叩く。
「ならいい。あいつの言葉の通り、体力も魔力も満タンなら、普通に戦うのはちょっとしんどいしな」
カルラとコルラは、再び僕を無視して二人で会話を始める。
この隙に、そっとお暇させてもらうわけにはいかないだろうか。
さすがに≪忍び足≫のスキルを使っても、この場からこっそり逃げるのは難しいとは思う。
けれどまぁ、せっかくなのでやってみるとしようか。
≪忍び足≫発動。
ついでに意味があるかどうかは不明だが、≪集中≫でブースト。
そっと右足から移動する。
左足、右足……不意にカクンと膝から力が抜け、思わず崩れ落ちるように地面に手のひらをついた。




