247.美容師~愚痴を聞いてもらう
「……というわけで、酷いと思いませんか? 気がつくと、なんだか僕だけが損をしているんです」
リリエンデール様の髪の毛をブラシで梳かしながら、愚痴を聞いてもらっていると、コロコロと笑いながら鏡越しに見つめられた。
「それは災難だったわね、ソーヤ君。
でも、そうなるとわかっていたとしても、その女の子のことを見て見ぬ振りはできないんでしょ?」
「それはまぁ、そうだと思いますけど」
「そうよね。ソーヤ君は優しいから、きっと同じ場面に遭遇したら、次も同じようにすると思うわ。なんだったらわたし、賭けてもいいわよ」
にっこりと笑いかけられてそう言われると、それもそうだなと思えてしまうから不思議だ。
これも女神様のオーラが成せる技なのか。
なんだかどうでもいいことのように思えてしまうから不思議だ。
よし、この件に関してはこれでお終い。
やってしまったことは仕方ないし、何より僕自身で後悔をしているわけではない。
ならば、なるようになると信じて、マリーの無事を喜べばいい。
そう思い直して、鏡の中に映るリリエンデール様を改めて見る。
僕の思い違いでなければ、出会った頃から綺麗だったリリエンデール様は最近ますます綺麗になった。
『どう? 最近のわたしは光輝いていると思わない?』
いつだかこんなことを言っていたが、本当に輝きが増しているような気すらする。
青と緑の混ざったような碧の髪の毛は、『ドライヤー』を使用したブローで艶々になり、毛先は軽く外跳ねにしている。
序列が5位に上がった頃から主神様に呼び出される回数が増えていて、今では10日に一度くらいはこうして僕も呼び出されることになっている。
本人曰く、より一層の寵愛を頂けて幸せだ、とのこと。
やはり恋する乙女は綺麗になるものなのだろうか?
「この調子なら、序列が4位になるのもすぐじゃないんですか?」
冗談めかしてそう言ってみたが、リリエンデール様は困ったように顔をしかめてしまった。
なんだろう?
僕は何かマズイことを言ってしまったのか?
「ソーヤ君にはわからないだろうけどね、本来序列が上がるってすごいことなのよ。そんなにポンポン上がったら苦労はないわ」
「でも、この短い期間でリリエンデール様は7位から5位に上がったんですよね?」
「確かにそうね。でもたぶん、4位に上がることはないわ。わたしは5位から上にはいけないの」
「それは……どうしてですか? 4位以上の女神様達は、それほどまで主神様に愛されているとか?」
「うーん……確かに愛されているとは思うわよ。けどね、5位から上に行くには愛されるだけではだめなのよ。それこそ、1位になるにはどれだけのことをすればいいのか」
「そうなんですか? 僕的にはこのままリリエンデール様が1位になってくれれば、あの禁忌も取り下げてくれると少し期待していたんですが」
「それはごめんなさいね。ソーヤ君の期待を裏切ってしまうことになるけれど、今のわたしでは1位になるのは無理ね。だって……わたしには……ないもの」
ん?
途中の呟きが小さすぎて聞き取れなかった。
こんな時に仕事をしない≪聴覚拡張≫
最近はいらない余計なものばかりを僕の耳に届けてくれる。
「まぁ、いいじゃないの。わたしは満足よ、5位になれて。そのおかげで頻繁にあのお方に呼んでいただけるし、寵愛を頂けるからソーヤ君にもお裾分けができるし」
胸の前でパンッと両手を合わせるように叩き、
「で、決まったかしら?」
勢いよく振り返り、顔を覗き込まれる。
序列が5位になり、主神様から寵愛を頂くことで力が増したリリエンデール様は『お裾分け』という言葉で僕に『より強い加護』を与えようとしてくれたのだが、そうなるとセットで『アイツ』の力が増すわけで、丁重にお断りをさせてもらった。
そのかわりと言ってはなんだけど、僕の持ち物にその分の力を分け与えてくれることになったのだが、僕はその対象を決めかねていたりする。
そこでさっきの『決まったかしら』というわけだ。
「特にまだ決まってません。次回までに決めておきますので」
「そう? なら決まったら教えてね。そろそろ時間だからわたしは行くわね。ソーヤ君、その貴族の息子だったかしら? 気をつけるのよ? 人間は時に、思いもよらないような残酷なことをするのだから」
「わかりました。では、主神様と楽しんできてくださいね」
「もちろんよ! いつもありがとうね。そうだ! これはわたしからのほんの少しのお礼よ」
悪戯っぽく微笑んだリリエンデール様にクルクルー、と指を向けられて僕は下に戻る。
ほんの少しのお礼?
なんだろう?
特に力が沸いてくる感じはしないし、ほんの少しだから加護を強くされたわけでもなさそうだし、たいしたことはないのかな?
それよりも……リリエンデール様の言う通り、気をつけなくては。
去り際に見せられたあの目。
あれは同じ人間を見るような目ではなかった。
まるで、命を奪うことを躊躇していないどす黒く濁った瞳。
あれがマリーに向けられることがなくて本当によかった。




