246.美容師~お礼と謝罪を受ける
小鹿のように震えるマリーの脚が治るのを待ち、ギルマスの部屋に二人で行くと、いつになく真剣なギルマスにマリーが事の顛末を説明した。
「……話はわかった。マリー、お前の行動は正しくもあるが間違ってもいる。俺の言っている意味がわかるな?」
今回の騒動の中心人物でもあり、事の発端でもあるマリーは、さすがにギルマスから発せられる圧力に屈したのか、自分でもシャレにならないとわかっているのか、茶化すことなく真面目に頷き、謝罪をした。
「ご迷惑をお掛けし、申し訳ございませんでした。この責任は取らせていただきますので、例えギルドを辞めることになるとしても文句はありません。ギルマスの判断にお任せします」
「いや、お前が辞める必要はない。むしろ辞めさせるわけにはいかねーんだよ。お前が俺の部下である限り、いくらでも庇ってやることができるからな。
それに本来、お前のしたことは間違っていない。今回は相手が悪かったな。ただの貴族のボンボン息子辺りだったらまだなんとでもなったが、まさかマキシード子爵の息子に絡まれるとは災難だった」
「そんなにヤバい相手なんですか?」
置物のように二人の会話を見守っていたが、思わず口を挟むと、
「ヤバいかヤバくないかで言えば、間違いなくヤバい。
いやな、バルトロメロ様自体は話のわかる常識人なんだがな、一人息子の方は昔からいい話を聞かねー。やれ、気に入った平民の娘を力づくでものにしたとか、金に物を言わせて上級の冒険者を雇い、不正紛いに自分のランクを上げたりだとかな。
たぶん、Bランクだと言っていたのも王都の冒険者ギルドで審議扱いになっているんだろーよ。だからギルドカードはCランクでもないDランクなのさ。Cランクに上がるには、それなりに厳しい審査があるからな。
ただそれも、マキシード子爵家の力があればなんとでもなる可能性はある。あそこはそのくらいの力がある貴族だ」
悔しそうに歯ぎしりしながらも、疲れたように苦笑するギルマス。
理不尽だが貴族相手ともなると、冒険者ギルドとしても真っ向から対立するわけにはいかないらしい。
「でもまぁ、今回は幸いにもバルトロメロ様と俺は旧知の中だ。なんの間違いだか偶然にもあの方の命を救う機会に恵まれて、その後も何かと目をかけていただいた。この若さでギルマスになれたのも、あの方の影響があったのは否定できない。
だからマリー、お前のことくらいは守ってやれると思う。そんな泣きそうな顔をしていないで安心しろ」
これまでになく頼もしい言葉でギルマスがマリーを慰めと、
「ゴルダさん、ありがとうございます」
マリーが深く頭を下げた。
それを照れくさそうに見守っていたギルマスだが、咳払いを一つすると急に顔つきを変え、僕に向かって頭を下げてきた。
「ソーヤ、マリーを、うちの職員を守ってくれてありがとう。俺が間に合えばよかったんだが、タイミング悪く留守にしていたからな。
シェミファが呼びに来てくれたから急いで戻ったが、お前がいなかったらどうなっていたことか……とにかく助かった。礼を言わせてくれ」
「ソーヤさん、わたしからもお礼を。本当にありがとうございました」
2人に後頭部を見せつけられて、僕は対応に困ってしまう。
「いえ、僕としては当然のことをしたまでというか。マリーには散々助けてもらいましたから」
「それでもだ! お前だって、相手がヤバいことくらい気がついていたんだろ? それでも助けに入ることはなかなかできない。周りにいた冒険者の奴らだって、誰もそうすることはできなかったし、あれが普通だ」
「そうです! わたしも誰かが助けてくれるんじゃないかと少しは期待していたんですよ。でも、ソーヤさん以外は誰も」
そうだよな。
何人かは剣を抜いて立ち向かおうとはしていたが、小太りの男が貴族の息子だとわかったとたんに剣を下ろしていたし。
もしかして、僕が思っているよりも相当ヤバい相手だったりして。
でも、こちらにはあの男の父親と懇意にしているゴルダさんがいる。
あの男だって、そう簡単には僕やマリーに手を出せないはずだ。
「ソーヤ、本当にすまん! こんなことに巻き込んでしまって、どうやって詫びればすむのか」
ギルマスがしつこいくらいに謝ってくるので、僕としてはそろそろ普通にしてもらいたいな、と話を切り上げることに。
「ギルマス、本当に気にしないでください。僕としては当然のことをしたまでだと言ったじゃないですか。なんとも思っていませんよ。
それに、きちんとギルマスが守ってくれるんですよね? 僕とマリーのことは」
当たり前だ、俺に任せておけ!
僕としてはギルマスのこんな言葉を想像して待っていたのだけど、何故だか聞こえた言葉は違うものだった。
「いや? お前は無理だぞ」
「えっ?」
「『えっ』って、俺の話を聞いていなかったのか?」
「聞いてましたよ。ギルマス、さっき言ったじゃないですか。『お前のことくらいは守ってやれると思う』って」
「言ったが……俺はマリーに向けて言ったんだぞ? 『お前達』なんて、俺は言ってないだろ?」
「じゃあ、僕のことは?」
「無理だな。俺の部下ならまだしも、ソーヤはただの一冒険者だし。基本的に、ギルドは冒険者同士の揉め事には不介入が決め事だからな」
だからお前のことは守ってやれん。すまん! とギルマスが頭を下げる。
「……なら僕は?」
「たぶん、相当に恨まれているだろうな。間違いなく何かしらの嫌がらせはあるだろう。ソーヤ、気をつけろよ」
「どうやって!?」
「そこはまぁ……しばらくの間は暗殺者らしくひっそりと闇に潜んでいるとか?」
「そうですよ、ソーヤさん! まさかこんなところで暗殺者の職業が役に立つなんて!! 人生、何が役に立つかわからないものですね」
マリーまで何かを悟ったかのように、うんうんと頷き始める。
やられた……だから必要以上にギルマスが僕に謝罪をしていたということか。
おかしいと思ったんだ。
あのギルマスがペコペコと何度も頭を僕相手に下げるなんて。
確実に厄介事になるとわかっていたからこその謝罪だった。
納得。
納得したよ僕は。
「じゃ、わたしはギルドの仕事があるので」
放心状態の僕を置いて、マリーが逃げるように部屋を出て行った。
「おっと、俺もやりかけの仕事を片付けないと」
マリーの背中を追いかけるように、ギルマスも足早に部屋を出ていこうとする。
その際、『おいっ、ずるいぞマリー。俺を置いていくなよ』
≪聴覚拡張≫がこんな言葉を届けてくれたけど。
読んでいただき、ありがとうございます。




