245.美容師~介入される
「マリー、僕が走ったら後ろを付いてきてね。大丈夫、君には指一本触れさせないから怖がる必要はないよ」
小声で話しかけると小さく頷いたのでカルラに向けて魔法を発動しようとしたのだが、突然の乱入者の怒声に驚き魔法が不発に終わる。
「お前達! ここをどこだと思っていやがる!? ギルド内での戦闘行為は禁止されているはずだ! すぐに剣を収めろ!! さもないと、この俺が相手になるぞ!!」
勢いよく飛び込んできたギルマスが、カルラとコルラを威嚇しながらギルド内を見回した。
ギルドの入り口の壁にもたれかかって息を整えるシェミファさんがいるところから察すると、急いで外出中だったギルマスを呼びに行っていたようだ。
何はともあれ助かった。
元Bランクのゴルダさんがいれば、例え戦闘が続行されたとしても、小太りの男は任せても大丈夫だろう。
「ソーヤ! お前も剣の柄から手を放せ! あと、魔力も抑えろ! あのチビが警戒して面倒だ」
歩み寄ってきたギルマスに言われて、無意識の内に触れていた短剣の柄から指を放し……魔力を抑える?
それってどうやるの?
戸惑っている僕に、「ちっ」と舌打ちし、
「大丈夫だ。俺が来た以上、戦闘にはならん。だから魔言を紡ぐ準備をやめろ」
ギルマスが僕の臍の辺りを拳でズドンと叩いてきた。
「ぐぅ」という吐息と共に、体内で循環していた魔力が霧散していく。
ああ、これのことか。
軽く咳き込む僕に、「大丈夫ですか?」とマリーが背中をさすってくれる。
優しいな、マリーは。
さすが僕の守護天使だ。
この天使を守る為には、貴族だろうがなんだろうが敵に回すしかない。
改めて僕は自分の意志を確認し、ギルマスの動きに目を向けた。
「それで? これはどういうことなのですか?」
小太りの男に相対したギルマスが、低い声で問いかけた。
あのギルマスが怒鳴るのを我慢しているのか?
やはり小太りの男は、それなりの危険人物ということ?
「どういうことも何も、お前は誰だ? 急に出てきて吾輩に対してその態度。失礼ではないか!」
不遜な男の態度に対して、ギルマスは眉間にしわを寄せながらも、聞いたことのない丁寧な口調で対応する。
「これは失礼を。わたしはこのニムルの街の冒険者ギルドでギルドマスターをしております、ゴルダと申す者です。あなたのお名前をお聞かせ願いたい」
「ふんっ、お前がギルドマスターか。
いいだろう、吾輩の名前はバリスタイン・マキシードだ。父は王都で子爵をしておる。長男の吾輩は、時期マキシード家の跡取りということだ」
「マキシード家か」
偉そうに言い放つ男に対して、ギルマスが小さく呟いた。
「そこの女が時期マキシード子爵である吾輩に対して、あまりにも不遜な態度を取るものだからな、少し教育をしてやろうと思ったのだが何か文句はあるか?
ないな? ないならそこをどいてもらおうか。ああ、あとそこの男も吾輩に対して剣を向けたので不敬罪で捕らえて王都に搬送する。
うん、ちょうどいい。ゴルダと言ったか? ギルドマスターをしているくらいだから、そこそこ腕はたつのだろう? お前も手伝え」
男は自分の優位を確立したことを悟ったのかますます増長し、
「いや、そうだな……そこの女は吾輩がこの街にいる間貸し出せ。吾輩の世話係として教育をしてやろう。
なぁに、飽きたら返してやるさ。それに従順になってお前にとってもいいことだろう。さぁ、わかったらさっさと動け。その男を捕まえろ」
まさか、ギルマスが敵に回るのか?
しかも、マリーをこの男に差し出すつもりなのか?
いざとなったらギルマスごと敵に回して、この建物内から逃げ出すことも視野に入れて再び剣の柄に手をかけようとしたが、ギルマスがチラリと僕を見て目配せしてきた。
大丈夫だということなのだろうか?
「バリスタイン様、あなたのお父上はバルトロメロ子爵様で合っていますか?」
「いかにも! 吾輩の父は偉大なるバルトロメロ・マキシードである。さすが我が父上、こんな辺境の街のギルドマスターにも名前が知れ渡っているとは。だがそれがどうかしたのか?」
「いえね、バルトロメロ様とは以前に戦場でご一緒したことがございましてな。数年前まではお手紙をいただいておりましたが、そういえば最近はご無沙汰ですな。
そうそう、右足の調子はいかがでしょうか? 寒くなると膝の古傷が痛むとよく零しておりましたが」
「ぬ、お前、父上をご存じなのか? しかも普段は隠している右足の古傷を知っているとは……どのような関係なのだ?」
「どんな関係と言われても、たまたま戦場で右足に矢を受けて落馬し、敵に囲まれていたバルトロメロ様を助けただけのただの冒険者でございますよ」
「なんだと? まさかお前……もしかして父が命を救われたと言っていた冒険者か? そういえばゴルダという名前、聞き覚えがある。よく父上が酒に酔って気分がよくなるとそのような名前を……」
どうやらこの男の父親とギルマスは知り合いのようだ。
しかもギルマスが命の恩人だということは……一発逆転と思ってもいいだろう。
「いやぁ、こんなところでバルトロメロ様のご子息にお会いできるとは、偶然というのは面白いものですな。
そうだ! 久しぶりにバルトロメロ様にお手紙をお出ししましょうか。お会いしたご子息が立派に冒険者として活躍していることも是非書かせていただかなくては。
ああ、大丈夫ですよ。バリスタイン様がギルド内で剣を抜いて揉め事を起こした等と余計なことは書きません。バルトロメロ様に無駄な心配をさせるわけにはいかないですしな」
それでよろしいですよね? とにこやかに笑うギルマスに、小太りの男が「ぐぬぬ」と唇を嚙みしめる。
この場で起きたことは全て不問にしろ、そうすれば父親への手紙に余計なことは書かないでおいてやる、ギルマスは笑顔で男を脅しているのだ。
それがわかるからこそ、男は悔しそうに首を縦に振りつつ、剣を鞘に収める。
「今回だけはお前の顔に免じて見逃してやる! お前の部下ならきちんと教育しておけ!」
従者二人に「行くぞ!」と声をかけ、ギルドから出て行った。
その際、僕とマリーを射殺しそうな目で睨みつけていたが、その目が一瞬だけ逸れて何かに驚いたような顔をした。
「よし、この場はこれで終いだ! みんな仕事に戻れ!!」
ギルマスが手を叩きながら皆に解散だと告げると、
「ソーヤとマリー、お前達は2階の部屋に来い! 事の顛末をきっちり説明しろよ」
大きく息を吐きながら背中を向けて階段を上って行った。
「マリー、ギルマスが待っているし、そろそろ行こうか」
ギルマスの背中を見送り数秒、僕の背中に両手をあてて動かないマリーに振り返り話しかけると、
「ソーヤさん、ありがとうございました。わたしは後から行きますので、先に行ってください」
「ん? どうかしたの?」
「実は……足が震えて力が入りません。少し休んでから行きますので」
そう言うなり、その場にペタンと座りこむマリー。
「剣を向けられるのって、結構怖いものですね」
引きつった笑顔で無理やりに微笑むマリーに、僕は無意識に手を伸ばし……
「あっ」
呟いたマリーに、
「あっ……ごめん」
マリーの頭を撫でていた手を、僕は慌てて引っ込めた。
「もぅ……今回は助けてくれたから不問にします。でも次は衛兵を呼んで、また牢屋ですからね」
顔を赤くしたマリーが「んっ」と手を伸ばしてくる。
「引っ張ってください。ソーヤさんのせいで腰が抜けて立てません」




