244.美容師~敵対する
スキルを発動!
≪忍び足≫に≪脚力強化≫、ついでに≪身軽≫も。
一瞬で二人の従者の間を駆け抜けて男ごとカウンターを飛び越え、マリーに触れそうだった剣を月刀孤影で弾いた。
キンッと音が響いた時にはマリーの前に立ち、かわりに男と向かいあう。
「なんだお前は? いつのまに……カルラ! コルラ!」
剣を弾かれて手首を痛めたのか、男が顔を歪めて従者を呼びつける。
駆け寄ってきた従者が剣と杖を僕に向けてきたので、背中にマリーを庇いつつも、「ソーヤさん」と聞こえた声に、「大丈夫だよ」と返事をしておく。
「お前、なんのつもりかわからないが、吾輩に逆らってタダですむとでも思っているのか?」
「えーと、タダですむも何も、僕はあなたがどなたかも存じませんし、正直よくわかりません。
けれど、これ以上マリーに手を出すのであれば……あなたの方こそタダではすみませんよ、と言わせてもらいます」
「ほぅ、吾輩相手によくもそこまで。お前の名前と職業、ランクはなんだ?」
「名前? 職業? ランク? そんなことが関係ありますか? この女性に手を出すのであれば、あなたは僕の敵だと言ってるんですよ」
「吾輩と敵対するというのか? お前、わかって言っているのか? カルラはCランクの剣士でコルラはCランクの魔導師だ。それに吾輩はBランクの剣士だぞ? 3人を相手にお前一人で勝てるとでも思っているのか?」
「さて、どうでしょうね。勝てるかどうかはやってみないとわかりませんが、そう簡単に負けるつもりはありませんよ。
それに、僕が負けたとしても、その間にマリーだけは逃がしてみせますし」
「そうか。ならばそうしてみるがいい。
カルラ、コルラ、お前達二人はこの男を始末しろ。吾輩はその間に女をやるからな」
「はっ、必ずや」
「承知」
従者二人から殺気が向けられてくるので、右手に持った月刀孤影を握り直し、左手はいつでも投擲できるようにあけておく。
まずは背の低い方、魔導師から潰そう。
相手の属性はわからないが、この距離から魔法を撃たれてはやっかいだ。
でも、とりあえずマリーを逃がさなくては。
どこに逃がすかだが、2階に上がらせてしまえば階段の前を守ればすむ。
本当は2階にギルマスかキンバリーさんがいればいいのだが、これだけ騒いでも出てこないということは留守みたいだし。
ジリジリと受付から出て、一気にマリーの体を抱えて階段の前に移動しようとしたが、カルラと呼ばれた剣士がすばやく動いてその動線に立ちふさがる。
さすがにそこまで馬鹿じゃないか。
Cランクということは、少なくとも僕よりも格上だし。
では、Bランクだというこの目の前の男は?
フィクスさんと同格ということか?
昨日のフィクスさんの動きを思い出し、勝てるのか? と自分に問いかける。
けれど、勝つしかない。
負けるわけにはいかないのだから。
自分に言い聞かせながら、さてどうする? と考えていると、背中のフードでモゾモゾと動くものが。
ああ、ジストをフードに入れっぱなしだった。
誰かに預けるべきだったな。
このままじゃ、あまり激しい動きができない。
うーん、困った。
ちょっとタイム、とか通じるのだろうか。
摺り足で僕を包囲するように近づいてくる3人を眺めながら、解決策を思いつく。
「マリー、ジストを預かっておいて」
一先ずはこれでいい。
あとは……コルラと呼ばれた魔導師が魔言を紡ぎ始めた。
≪聴覚拡張≫が届けてくれたのは風属性の『エアバレット』の魔言。
『エアバレット』を撃ちこむと同時に、剣士のカルラが突っ込んでくると予想。
となると僕はどうするべきか。
フィクスさんの指導を思い出す。
お酒を飲みながら教えてもらったたくさんの戦術の内から、この場で最適なものを選び出すのだ。
コルラの魔言が紡ぎ終わったらしい。
コルラが目でカルラに合図を送るのを見て、その隙に先手必勝といかせてもらおう。
右手に持った孤影を天井に向けて投げ、つられるように3人の視線がその軌道を追うのを視界のすみでとらえ、すばやく左手で黒錐丸を抜いてコルラに投擲。
体勢を崩しながらも杖で防いだところに、もう一本の黒錐丸を続けて投擲。
突っ込んできたカルラには、落ちてきた孤影を掴み、横凪に投げつける。
コルラは杖が間に合わないと悟ると、準備しておいた『エアバレット』を発動し、なんとか黒錐丸から身を守る。
カルラはまさかメイン武器を投げるとは思わなかったのか、慌てて長剣で対処しようとしたが失敗して手首に浅く傷を負ったようだ。
ここで小太りの男から何らかの攻撃がくるのを予想していたが、何故か男は戦闘の流れについてこれずにあたふたとしている。
本当にこれでフィクスさんと同じBランクなのか?
いや、2人に任せて自分は参加するつもりがなかったから油断していたのだろう。
とりあえず、これでコルラの準備していた魔法は潰したしカルラにも軽くだが傷を負わせて、初手は僕が有利に進めた。
ここからどう動くかだが、僕はすでに魔言を紡ぎ終えている。
本当は小太りの男の迎撃用に準備をしていたのだが、使わなかったものは有効に活用させてもらおう。
魔法を発動する相手は、もちろんカルラだ。
まずはあの場所から動かす。
階段までの道筋を開けてもらわなければ。




