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女神様の美容師  作者: 獅子花
美容師 異世界に行く
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24.美容師~盗み聞きをする

 

 翌朝、ギルドの前にはマリーがそわそわとした様子で立っていた。

 誰か待っているのだろうか?

 僕に気づいて走り寄ってきたので、待ち人は僕なのだろう。

 

 一人でナイフを買いに行かせたのが、そんなに心配だったのか?

 思わず苦笑いを浮かべてしまう。


「ソーヤさん。おはようございます。お買い物は無事に済みましたか? どれをいくらで購入したのですか?」


 素早く視線を動かし、


「どうして長剣が?」


 左腰を見つめ首を傾げる。

 確かに、投擲用のナイフを買いに出かけて、腰に長剣がぶら下がっていたら不思議に思うか。


「グラリスさんと相談して、持っていた短剣を投擲用にしたんだ。で、変わりに長剣を買った」


「そうなのですか? では、短剣はどこに?」


「ここにあるよ」


 左腕を持ち上げ、右手で短剣を引き抜く。


「それって……」


 マリーが躊躇いがちに手を伸ばし、籠手の表面を指先で撫でた。


「どうしてソーヤさんがこれを?」


「グラリスさんが売ってくれたんだよ」


「……おいくらで? 失礼ですが、とてもソーヤさんに払える額ではないかと」


 さすがギルドの受付嬢、見ただけでこれの価値がわかるのか。


「3000リムだよ。因みに、長剣はサービスで貰えてしまった」


「3000……」


 震える声で呟いたマリーは、一歩二歩と動き、突如物凄いスピードで駆け出した。


「ま、マリー? どこに行くの?」


 呼び止めようとしたが、振り返りもしない。

 

 背中が見えなくなるまで呆然とし、グラリスさんの所へ向かったんじゃないかと気づき、慌てて追いかけることにした。


 

 ようやくグラリスさんの工房のそばにたどり着くと、叫ぶようなマリーの声が聞こえた。

 とっさに物陰に隠れて、様子を見ることにする。

 

 グラリスさんは工房の作業台に腰掛け、詰め寄るマリーから顔を背けている。

 ここだと遠すぎて、聞こえない。

 でも、近くには隠れる場所はないし。

 

 なら隠れなければいいのでは?

 そうなんだけれど、自分が原因だと思うし、出て行きずらいというか……。

 

 必死に聞き耳を立てていると、ポーンと音がした。


【スキル 聴覚拡張を獲得しました】


 マリーの声が聞こえるようになった。


「どうしてあの籠手をソーヤさんに売ったんですか? あれはグラリスさんの大事な――」


「うるせーなー。俺が誰に何を売ろうが俺の勝手だろ! お前にとやかく言われる筋合いはねーよ」


「でも、もしあの人が帰ってきたらなんて言うんです? 

 あれは預かっているだけだって言ってたじゃないですか! それに3000リムなんて安く売ったら、弁償することもできませんよ!」


「……」


 グラリスさんはマリーの剣幕をものともせずに、無視を決め込んでいる。

 

 それにしても、この籠手は誰かの預かり物だったのか?

 それを勝手に売ったりしたら、かなりマズイことになるはずなんだが。

 僕は彼に騙されたのか?


「グラリスさん! 聞いてるんですか?」


「聞いてない」


 子供のような返しに、マリーの声が一段と大きくなる。


「わかってるんですか? もしあの人が帰ってきたら――」


「うるせー! あいつはもう帰ってこねー! 

 約束の3年だって過ぎて、もう5年だ。あいつは死んだ。

 だからあの籠手を取りに来ることはねーんだよ。3年経っても受け取りに来なかったら、あの籠手は俺が貰っていい約束だった。なら俺が誰かに売ったとしても、誰にも文句は言わせねー」


「グラリスさん……」


「あいつだって、ずっと暗いところで埃を被ってるよりも、誰かに使ってもらった方がいいって言うはずだぜ。それによぉ、ソーヤはあいつにちょっと似てるから……お前だって、そう思うだろ? だからあれこれと気にかけてるんじゃねーのか?」


「似てる? あの人とソーヤさんが?」


「ああ、どこがとは言えねーが、俺には似てるように思えるね。だからよぉ、死んでほしくねーんだよ、ソーヤには」


「わたしだって、ソーヤさんには死んでほしくないです!」


「なら、いいだろ。この話はおしまいだ。俺は飲みに行くぞ! お酌でもしてくれんなら、お前も行くか?」


「わたしは仕事がありますから」


「そうか、なら俺は行くぜ。さっさと仕事に戻れよ」


 グラリスさんがマリーの腕をポンと叩いて、歩き出す。

 歩いて来るのだが……僕の方に。

 

 タイミング逃してしまい、見つかってしまった。

 彼は僕を横目で捕らえ、


「盗み聞きなんてしてんじゃねーよ。あいつ、任せたからな」


 僕の返事を待つことなく、言い残して行った。


 残された僕はというと……立ち尽くしたまま動かないマリーの元に行くしかない。

 任せられてしまったし。


「あの、マリー?」


 背中に声をかけると、ズスっと鼻を啜る音がした。

 振り返ったマリーは乱暴に目元を拭い、


「ソーヤさん、帰りましょうか」


 赤い目で頬を濡らして微笑んで見せた。


「さ、行きますよ。勝手に抜けて来てしまったので、ギルマスにばれたら怒られてしまいます」 


「そうだね。僕も一緒に謝ってあげるよ」


 泣き顔を指摘することなく僕が告げると、キョトンと目を丸くして、


「はい。お願いしますね。わたし一人で怒られたら、怖くて泣いちゃいそうですから」


 僕の手を引き、


「お願いしますね」


 もう一度呟いた。



 ギルドに戻ると、キンバリーさんが受付に立っていた。


「マリー、遅刻だぞ」


 持っていた紙の束を振り上げたが、連れだってきた僕の籠手を見て、元あった場所に戻した。


「次からは気をつけろよ」


「はい、すみませんでした」


 マリーはカウンターを回り込んで受付の定位置につくと、


「ではソーヤさん、本日の依頼はいかがしましょうか?」


 いつもの調子。


「そうだな。長剣の扱いに慣れたいから、簡単な討伐依頼を受けたいかな」


「でしたら……これなんてどうでしょうか? キラービーという虫型の魔物ですが、飛行型ですので長剣の練習にはうってつけかと」


「じゃあ、それにしよーかな」


「お尻にある針が主な攻撃手段です。刺されると低確率で麻痺状態になる可能性がありますので、この麻痺回復薬を持って行ってくださいね」


 緑色の液体の入った試験管のような容器を3本渡された。


「お代は達成報酬から引かせてもらいますね。討伐証明は、お尻の針です。

 弓矢の素材となります。これも常時買い取りなのでなるべく持って帰ってくださいね。あとは……」


 ゴルダさんの言葉を信じるなら、僕の為に依頼内容を吟味(ぎんみ)して、必要な物をあらかじめ準備してくれているのだろう。

 だから僕は何も準備せずに出かけるだけですむ。

 全くもって、頭が下がる。


「説明は以上です。何か質問はありますか?」


「大丈夫だよ。いつもありがとう」 


「いえ、これがわたしの仕事ですから」


「マリーはさ、誰にでもこんなに親切なの? 麻痺の回復薬まで準備してあげてるの?」


「それは……ソーヤさんが弱くてすぐに死んじゃうと困るので、特別サービスですよ」


 ベー、と舌を出して、


「早く行ってください」


 顔を赤くして送り出された。




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