239.美容師~フィクスの特訓を受ける
戦闘を行った場所から少し離れて湖のそばまで戻ってきた。
軽く休憩をかねて、ゆっくりと腰を下ろして話そうとなったのだ。
「なんといえばいいのかな……ソーヤ君の戦い方は魔法がメインなんだよね? 剣は補助というか、魔法を発動するまでの時間を稼ぐ手段という感じじゃないのかな?」
「うーん、どうでしょう。職業が魔導師なので魔法がメインというのは確かだと思いますが、毎回魔法を使っているかというと、短剣だけで戦闘を行うこともありますし。
何よりぶっちゃけちゃいますと、僕って魔力量が余り多くないんですよ。だからできるだけ魔力量を温存したいので、剣だけで済む相手なら剣だけで倒しちゃうのが普通というか」
「魔導師なのに魔力量が少ないのかい? ちなみにソーヤ君のレベルはいくつなんだい?」
「レベルですか? えーと……15?」
一瞬レベルは2です、と答えそうになり、ギルマスの怖い笑顔が浮かんで15と答えることにした。
新たに覚えた≪偽装≫スキルを用いているので、外から見た僕のレベルは15のはずだし、とりあえずこの回答でいいはずだ。
「15か……Dランクならそんなもんだよね。それで魔力量が少ないってことは、ソーヤ君は魔法使いとして向いていないのかな?
でも、今後伸びていく可能性もあるわけだし、その歳とレベルで魔導師の職業に就けるということは才能がないわけでもないだろうし……うーん、難しいね」
顎に手を当てて、本気で悩み始めるフィクスさん。
僕の戦い方は、一般的な魔導師とは違いすぎているようだ。
剣士ではなく、魔導師でもない。
だとしたら、やはり魔法剣士なのだろうか。
「あのフィクスさん、魔法剣士という職業はあるのでしょうか?」
「ん? 魔法剣士……そういえば聞いたことはあるね。
時には魔法を使い、時には剣を使う。そして時には魔法と剣を同時に使いこなす……うん、それならしっくりくるね。ソーヤ君、君は魔法剣士を目指しているのかい?」
魔法剣士を目指しているかと聞かれれば、答えはよくわからない。
あくまでも僕が目指している職業は美容師なんだけど。
「よし、それならそれでこっちにも考えがある。剣士に物を教えるのと魔導師に物を教えるのと、同時にやればいいということだね。うん、わかったよ、了解した」
フィクスさんの中では納得がいったのだろう。
うんうん、とひとり頷き、眉間のしわを消して微笑みを浮かべている。
そんなに力いっぱい頷かれると、サラサラの髪の毛が宙を泳いで思わず手が伸びそうになるのでやめてほしい。
戦闘中だからと言い聞かせていた僕の自制心が音をたてて崩れていってしまう。
「そうときたら特訓開始だね。まずは剣の使い方を教えるところからはじめよう。休憩はもういいかい? さっそく行動開始だ」
立ち上がり土と草で汚れたお尻を手で軽く払うと、フィクスさんが手を差し伸べてきたので自然と掴むと引っ張り上げてくれた。
細い腕のどこにそんな力が? と思うような力強さでぐいっと引き寄せられ、
「さぁ、行こう!」
何やらやる気に満ち溢れたフィクスさんの後をついていくことに。
えーと、いつから僕は特訓をつけてもらうお願いをしたんだっけ。
確かにいろいろ教えてほしいとはお願いしたんだけど。
マッドウルフとの戦闘という名の駆除をくり返している間、何度もフィクスさんから注意を受けた。
「違うよ、ソーヤ君。そこは右に一歩移動して、すばやく喉を切り裂くんだ……そう、そこで一撃!」
言われるままに動き、短剣を振るう。
「右側からマッドウルフが一匹接近中。10.9.8.7……来るよ!」
飛び出してきたマッドウルフから距離を取り、≪投擲≫で黒錐を飛ばしむき出しの腹を狙うと、吸い込まれるように根本まで突き刺さる。
「左後方から二匹が向かってくる。のんびりしている暇はないよ。早くそいつにとどめを……ああ間に合わないね、とりあえずわたしが魔法で時間を稼いでおくから」
僕が戦っている後ろで的確に指示を出し、危なくなると魔法で援護してくれる。
「よし、さっきよりはいい動きだったよ。魔核と売却部位をそこに移動させておいて」
これで、木の根元には7匹目のマッドウルフの死体が積み上げられることになる。
「うーん、ソーヤ君は剣を独学で覚えたんだっけ? 筋力が足りないからそういう動き方になるのかな? それとも、リーチが短い短剣を扱っているからなのか……」
地面を見つめてぶつぶつと、何やらフィクスさんはまたお悩みの様子。
とりあえず僕は息を整えながら剥ぎ取りを行い、マッドウルフを簡易的な死体置き場に運ぶとする。
「終わりました」
と声をかけると、
「ああ、お疲れ様。今日は終わりにしようか。このあたりのマッドウルフは狩り尽くしたみたいだし」
顔を上げたフィクスさんが腰のポーチから取り出した液体をマッドウルフにかけた。
「燃やしちゃうから、ちょっと離れててね」
小さな赤い塊をぽいっと投げると、マッドウルフの死体が火に包まれる。
「それって、なんですか?」
「ん? これかい? 火属性を込めた法玉だよ。わたしは火属性の魔法が使えないからね。魔物を燃やす為にいくつか携帯しているんだ。ほら、これだよ」
手渡された法玉は、以前師匠から見せてもらった物と同じだ。
ビー玉のような小さな玉の中心部に赤い光が揺らめいている。
「使ったことないのかい? それに魔力を与えれば誰でも使える優れものだよ。よかったら一つソーヤ君にもあげよう。お近づきの印としてね」
「では、お言葉に甘えていただきますね。ありがとうございます」
シザ―ケースの蓋を開けて、火属性の法玉を大事にしまった。
「さて、死体の処理も終わったし、街に戻って夕飯を取りながら反省会といこうか。おすすめのお店は君に任せたよ」




