236.美容師~フィクスの年齢を知る
シーン、と静寂の音がする。
それを破ったのはギルマスで、
「そいつに会って、見てみて、どうするんだ?」
「どうする? 別にどうもしないよ? できれば会って、話をしてみたいなーってくらい」
のほほんと、ただ会って話がしたいと告げたフィクスさん。
「それなら――」
マリーが僕に目を向けて口を開いた瞬間、
「嘘だな!」
ギルマスが遮るように大きな声をフィクスさんにぶつけた。
「お前がわざわざこんな辺境の街まで出向いて、ただ会って話を聞きたいだけだって? 怪しいにもほどがあるぜ。
正直に話せよ。会って、何がしたいんだ?」
睨みつけるギルマスを真正面から見つめ返し、「ふぅ」とフィクスさんが息をついた。
「別にたいしたことをするつもりはないよ。会って、話をして、できれば模擬戦の申し込みでもしようかなーって」
「ほら見ろ。何が会って話をするだけだ。戦闘狂のお前が会って話をするだけで終わるはずがないだろう? どうせ本命は模擬戦で話なんてどうでもいい癖に」
「あー、酷いこと言わないでよね。誰が戦闘狂だって? ソーヤ君の前で変な言いがかりはやめてほしいな。戦闘狂は自分の癖にさ。
それに、別にいいじゃないか、模擬戦のひとつやふたつ。あくまで模擬戦なんだから。命のやり取りをするわけでもないし」
「ふんっ、やっと本音が出たか。
ちょっと興味が沸いた相手を見つけると、すぐに無理やりにでも模擬戦を申し込むお前の悪い癖を俺が知らないとでも思ったか? しかも見てくれがいいからたちが悪いんだよ、お前は。
親切そうに近づいていって、いつの間にか懐にさっと入り込むもんだから、相手も気がつかないうちに自然と模擬戦をする流れにさせられる。要注意人物だぞ、ソーヤ」
「やだなぁ。違うんだよ、ソーヤ君。こんな人の言葉は信じちゃだめだよ? このおじさんは昔からこうなんだから。
勝手に想像で人のことを悪者にしてさ。ほんと、困っちゃうよ」
「何が『困っちゃうよ』だよ。気持ちの悪い言葉づかいをするな! それに俺がおじさんなら、お前はクソ爺だ!」
ギルマスとフィクスさんの会話がヒートアップしすぎて、僕とマリーはただただ聞いているだけ。
傍観者として、この場に参加している。
「クソ爺だなんて、酷いなぁ。わたしはまだまだ若いんだから、下手な言いがかりはやめてもらいたいね」
「何が若いだ。若作りの間違いだろ? 出会った頃から、少しも見た目が変わってないもんだから、さっきも最初はお前だとは気がつかなかったぞ!」
「そうかい? 最後に会ったのは8年くらい前だったかな?」
当時の記憶を思い出そうとしているのか、フィクスさんは顎に一指し指を当てて、「んー」と言葉を漏らす。
「だから、爺の癖にそういう仕草をするのはやめろ! みっともない!」
ギルマスが、フィクスさんの指をバシンと叩く。
「痛いなぁ。暴力反対だよ。爺、爺っていうのなら、少しは老人を労わったらどうだい?」
「ふんっ、クソ爺の分際で労われだと? やなこっただぜ。さっさとこの街から出ていけ、クソ爺!」
もはや子供の喧嘩のごとく、爺と連呼するギルマス。
僕とマリーはお互いに目を合わせて首を傾げるしかない。
どう見ても、ギルマスの方がフィクスさんよりも年上に見えるんだけど。
「あの、ギルマス……フィクス様の年齢っていくつなんですか?」
意を決したかのように、マリーが二人の会話の切れ目を狙って話しかける。
よかった。
もう少しで、僕の中のヤツが【気になります】を発動するところだった。
さすが僕の守護天使マリー。
いい仕事をする。
「ん? こいつの歳か? ……おい、いくつになった?」
考え込んだが答えが見つからなかったのか、ギルマスがフィクスさんにぞんざいに言う。
「えー、もうすぐ26歳だったかな?」
にっこりと微笑むフィクスさん。
だよね。
僕よりちょっと年下じゃないかと思ったんだ。
マリーも納得といった表情で頷いているし。
けれど、一人はそれが気に入らないみたいで、
「ふざけんな! ぶっ飛ばすぞ、ジジイ!」
と歯ぎしりして威嚇している。
「ソーヤにマリー。騙されるなよ。こいつ、こう見えて、少なくとも200歳は超えてるんだからな。確か……230歳くらいじゃなかったか?」
「おっ、惜しいね。正解は236歳でしたー。でも、わたし達にしてみれば、やっと大人になったくらいだよ。まだまだこれからだね」
えーと……236歳?
またまたぁ、冗談がすぎるよフィクスさん、なんて脳内で突っ込んでいると、
「冗談、ですよね?」
思わずというか、マリーがフィクスさんに確認する。
「冗談でも嘘でもねーぞ。こいつは立派なクソ爺だからな」
本人ではなく、ギルマスが偉そうに答えてくれた。
「だからさぁー、いい加減、クソ爺はやめてくれないかな? わたしだって、同族達の中ではまだまだ若者なんだからさ」
「同族?」
今度は僕が思わず口走る。
すると、なんでもないことのようにギルマスが言った。
「ああ、気づいていなかったのか。こいつ、人間じゃなくて、エルフだぞ」




