232.美容師~女神様に慰められる
話終えた僕に、リリエンデール様が苦笑交じりに告げてきた。
「えーと、懐かれていないというかなんというか、よっぽど嫌われているのね、ソーヤ君」
「やっぱりですか? リリエンデール様もそう思います? 僕ってジストに嫌われているんですかね?」
ご愁傷様、とでも言いそうなリリエンデール様に食い気味に尋ねると、
「ああ、でも、相手は普通種の犬猫じゃないもの。今回のケースは特殊な事例と言えるわ。
相手が動物と魔物の混血であるのに対して、ソーヤ君は動物でもなく魔物でもなく人間だもの。そう簡単に上手くいくものでもないわよね。見た目からしてまったく違うわけだし。
ほら、昔から偉大な先人はよく言うじゃない? こういうのは時間が解決してくれるって」
必死にフォローしてくれようとしているのだろうリリエンデール様の言葉なのだが、残念ながら僕の心には届かない。
その言葉ではダメなんだ。
何故なら……、
『見た目からしてまったく違うわけだし』
僕だってそう思っていた。
そう心の中で呟いて、自分を慰め続けていたのだ。
あの日、メェちゃんの手を舐めて頭を擦りつけるジストの姿を、この目で見るまでは。
ジストが態度を変えるのがメェちゃんだけならまだよかった。
僕の代わりにジストを抱いたりミルクをあげたこともあるし、小さな子供同士だから仲良くなるのも早いのかな?
ジストにとってメェちゃんは特別なんだ。
なんて言って、自分を慰めたりもした。
けれど、メェちゃんだけではなく、師匠やリンダさんに対しても懐くとまではいかないが、僕に対する態度とは比べ物にもならないくらいに違うものだった。
実は、ジストは僕に抱かれると、すごく嫌そうに体を捩って離れようとする。
床に落ちても構わない勢いで、僕の腕の中から逃げ出そうとして足で蹴りを入れ、全力で暴れようとまでしたこともある。
おかげで僕はジストを抱き上げる時は、床やベッドに膝をつき、なるべく低い態勢で恐々と動かなければいけない。
まだ小さな体なのに、高い位置から落としたりしたら大変だ。
外出する為にフードに入る時だけはまだおとなしくというか、諦めムードで持ち上げさせてくれるが、最近ではそれ以外の時は抱き上げる素振りを見せると逃げたりするし、場合によっては近づくだけでそっと距離をとられる。
背中を撫でることさえさせてもらえないので、スキンシップなんてもっての他だ。
それに対して、師匠やリンダさんが抱き上げるとどうか?
もちろんリラックスしてずっと抱かれているわけではないが、普通に背中を撫でたり触ったりしても逃げたりはしない。
おとなしくというか、腕の中でじっとしている。
ただ、長時間そのままで抱かれているということもなく、しばらくすると下りたい、というような意志を見せて下ろしてもらい、床やソファーの上で丸くなる。
師匠のソファーがジストにとってはお気に入りのようで、師匠の家にいる時は、大抵ソファーの上で丸くなっていることが多い。
生意気にくつろいでいるのかな、なんてほほ笑ましく僕が見ていると、嫌そうに目を細めてお腹に顔をくっつけて隠してしまう。
どうして僕にだけ態度が違うのだろう?
何度も考えた。
もしかして僕だけ変なにおいがするの?
だから触られたり近づかれるのを嫌がるのかな?
そう思い、お風呂に入って熱心に体を洗ってみたりした。
けれど、ジストの対応は何も変わらなかった。
結果、何故かジストは僕に懐いていない、というか僕のことが好きじゃないみたいだ。
いや、誤魔化してもしかたない。
ジストは僕のことが嫌いみたいだ。
とても悲しいことに。
その日、リリエンデール様に散々愚痴を聞いてもらい、頭を撫でられて慰められた僕はなんとか笑顔で挨拶して下に戻った。
せっかくの主神様とのデートの前なのに、悪いことをしてしまったと謝ったが、気にしなくていいのよ、と優しく微笑まれた。
ソーヤ君のおかげで主神様の覚えが良くなったのだから、と。
呼んでもらえて、愛でて頂けているのだから、と。
少しはわたしからも返させて、と。
いつか言っていた『幸せのお裾分け』ではないが、十分優しさで返してもらえた。
心が少しだけ軽くなったので、また明日から頑張れそうだ。
ベッドに寝た状態で目を開けると、まだ明け方前だったので部屋の中は薄暗かった。
上半身を起こしてジストを探すが、完全に闇と同化していて見つけづらい。
足元にある毛布替わりの布を持ち上げ、「いないな」と呟いて振り返ると、ジストは枕の隣で丸くなって眠っていた。
普段は僕の足元付近にいることが多いのだが、何故だか今日は顔のそばにいて、ちょっとだけ嬉しくなった僕はそっと背中を撫でてしまった。
ぴくぴく、と体を震わせてジストがゆっくりと僕を見た。
そして、ふらつきながらも足元に移動していった。
布の中に頭から潜りこんでいき、しばらくもぞもぞと動いていたがそのうち動かなくなった。
なんだろう、この言葉にできない悲しみは。
僕は自分を慰めながら目を閉じて眠りについた。
ジスト、お父さんは寂しいよ。




