229.美容師~神託について考える 2
話を戻すが、この世界の全ての民は神託を守っているということになる。
それは一般市民や冒険者だけではなく孤児や貴族、王族までもが含まれる。
この中でまず問題になるのが家族のいない孤児だが、子供達は教会の運営する孤児院で暮らしているので、髪の毛に触れることを例外として許されている教会の職員が訪れた時に散髪されているとのこと。
一般市民は親や兄弟姉妹で、常に家族と暮らしていない冒険者は基本的に立ち寄った街の教会等で散髪をしているらしい。
けれど冒険者に関しては、定期的に散髪するのが難しい。
何故なら全ての教会に例外として許されている職員がいるわけでもないらしく、名前の表す通りに冒険することに忙しいから髪の毛に構っている暇などないのだ。
そうすると自然と散髪することが少なくなり、伸ばしっぱなしになるのでどちらかというと長髪が多い。
それは冒険者だけではなく、この世界に暮らすほとんどの人が一緒で髪の毛、髪型に関してかなり無頓着と言える。
だから皆が同じような髪型をしていて、おしゃれの為に個性を出そうという想いがないように感じる。
だいたいは伸ばしっぱなしの下ろしっぱなし。
それ以外だと、ゴムがないので結い紐で結んで捩じって纏めているくらい。
冒険者は首の辺りで左側で捩じって纏めていることが多く、それ以外の人は右側で纏めるか真っ直ぐに下ろして毛先だけを結んでいることが多い。
これはギルマスから聞いた話だけど、右手で剣を持った相手から攻撃された時に首を守る役目をしているのだという。
もちろん髪の毛を捩じっているだけで、中に鉄の棒や何か防具的な物を入れているわけではないのでたいした効果はみられないが、昔からの習わしやジンクスのようなもので多くの冒険者はそうしているとのこと。
これを聞いたことでひとつ謎が解けた。
謎と言えば、気になっていることがある。
この世界に来てから3~4ヶ月が経つが、髪の毛の伸びるスピードが遅いような気がする。
それに気づいたきっかけはマリーの前髪だった。
出会ったばかりの頃は、行商人の父親が仕事で外に出ているので前髪を切ることができずに目にかかって邪魔そうだった。
その為に僕の持っていたピンク色のヘアクリップを貸してあげたのだけど、何故か今も前髪を切らずにピンで横に流して留めている。
ただやりなれていないせいなのか上手につけることができず、何度も付けたり外したりすることが多く、その度に僕がつけてあげたいな、と思い目を取られていたので自然とその長さも計ってしまっていた。
そうしている内に気がついたんだ。
マリーの前髪がほとんど伸びていないことに。
いや、伸びていないわけではないと思う。
ほんの少しは伸びている。
たぶん、目測で1センチちょっとくらい。
何が言いたいかというと、これがおかしい。
だいたい平均的な髪の毛の伸びる速度は、1ケ月で1センチ前後。
もちろん人によっての個人差もあるが、3ヶ月で1センチちょっとというのは遅すぎる。
マリーにも髪の毛を切ったか確認したが、切っていないとの回答だった。
これに気がついてからは、師匠やメェちゃん、リンダさんの髪の長さも大まかにだけど計るようにしている。
まだそれほどの期間で調べていないので断言はできないが、たぶんマリーと同じくらいのスピードだと思われる。
この世界では髪の毛の伸びるスピードが地球よりも遅い。
間違ってはいないと思う。
ならば僕の髪の毛はどうか?
答えは地球にいた頃と変わらないように思える。
気にしていなかったのできちんと計っていなかったが、平均するとだいたい月に1センチくらいじゃないか?
これからは僕自身も観察対象としていこう。
話が大きく逸れてしまった。
一般人や冒険者についての現状はわかった。
では次に、貴族や王族は散髪をどうしているのか気になったので情報を集めてみた。
家族と暮らしている者達は一般市民と同じく家族が散髪するのが基本。
ただ王族等は家族と暮らしていたとしても、散髪は教会の人間に任せているのが現実のようだ。
その言い訳とすると、政務等で忙しく家族を散髪する為の時間が取れない、というもの。
神託で定められた禁忌なのに、忙しいという言い訳が通るのか?
そう疑問を覚えるが、神託を広めている教会がそれをいいとするのであれば、神託で告げられた例外として認められているのだという。
なんだか、僕の中ではますます教会に対する疑念というか不満が募る。
いっそ教会に就職して、例外とされる一部の職員になれさえすれば、自由に髪の毛を切れるのではないか?
そう思いマリーに聞いてはみたが、他人の髪の毛に触れられる職員はかなり上位の職員や若くから選ばれたエリート候補らしく、簡単にはいかないだろう、と考えの甘さを思い知ることになった。
というわけで、やはり地道にいくしかない。
序列一位の女神様と会って神託の理由を聞き、叶うならば撤回を求めるのだ。
その為にリリエンデール様に頼りきりなのが、なんとも心もとないけれど。
4匹目のキラービーをジストも使って倒し、続けてやってきた5匹目との戦闘に突入する。
次に考えるべきは、この先どうするかということだ。
とりあえず、Dランクの冒険者になり、この世界でも生きていけるだけのステータスは身に着けたと思う。
生活するだけの金銭は稼ぐことができそうだし、このままニムルの街で家を借りる、もしくは購入してリリエンデール様のがんばりを待つ選択。
あとは、自分なりに神託について調べるべきか。
それには、少なくともこの街から移動する必要がある。
マリーや師匠に聞いても、これ以上の情報は出てこない。
師匠からは、ある程度の力をつけたら、この世界を周る旅にでることを勧められていたりする。
このまま師匠の弟子として修行をつけてもらうのもいいが、いろいろな人と出会い研鑽し、魔物を倒し実力を上げるようにとのお達しだ。
もちろんまだまだ師匠から学ぶことは多いし、この街を離れるとしても今すぐではない。
逆にすぐに旅立つなんて告げたら、まだ早い! と師匠に怒られそうだ。
それにマリーやリンダさん、メェちゃんと離れるのは寂しかったりするし。
もう少し先でいいだろう。
それこそCランクになってからでも。
5匹目のキラービーを仕留め、ジストをフードに戻す。
魔核と討伐部位を剥ぎ取り、革袋に入れた。
キラービーの死体は、纏めて焼いて始末する。
今日はこのくらいにするか。
戦闘自体はキラービー相手だったのでたいしたことないが、いろいろなことを考えすぎて頭が疲れた。
こんな時は、甘いものでも食べてから帰ることにしよう。




