226.美容師~チビの名前を決める
メェちゃんの家に御呼ばれした僕は、リンダさんが食事の準備をしている間にメェちゃんと遊び、眠り続けるチビの名前を考えていた。
ついさっき師匠から言われたのだ。
この先も面倒を見るつもりならば、いい加減に名前を付けろと。
いつまでも仮の名前ではかわいそうだと。
確かに、師匠のいうことは正しい。
この先ずっとチビと呼び続けていれば、この子は自分の名前をチビだと思い込むだろう。
今はほとんどの時間を眠って過ごしているからその問題も先送りになっているが、これからは目を覚ましている時間が増えていくはずだ。
その証拠に、メェちゃんに撫でられているチビは今にも目を覚ましそうな程に身じろぎを繰り返している。
リリエンデール様の予想通り、僕が魔物を倒した経験値の一部を得たのだろう。
今朝よりもほんの少し、体が大きくなった気がする。
こんなに早く効果がでるなんて驚きだ。
たった一角兎3匹分のその一部だというのに劇的な変化。
いや、これまでがまったく経験値を取得していなかったので、まったくのゼロからのスタートだったからかもしれない。
メェちゃんもチビが名前ではないとわかっているので、早く名前を決めてくれるように僕に催促してくる始末だ。
遊ぶときに名前を呼べないのは、子供ながらにも不便なのだという。
よって、僕はここにきてチビの名前を決めなくてはいけないという圧力をかけられている。
明日までに決めないと、自動的に師匠が決めた『ぼろぬの』という最高にかわいそうな名前にされてしまうのだから。
確かに真っ黒で毛むくじゃらな見た目は、ぼろぼろに使い古された布の塊のように見えるけどさぁ。
さすがにそれはないと思う。
たぶん師匠だって本気でこの子を『ぼろぬの』と呼ぶつもりはないだろうけど……大丈夫だろうか。
もしそうなれば、この子を『ぼろぬの』と呼んでいる僕を見て、まわりの人がどう思うかなんて考えるまでもない。
マリーあたりには冷たい目で見られるのは確実だろう。
それが嫌ならさっさと名前を考えろ、という師匠なりの激励だと思いたい。
僕は頭の中でこれまで考えてきたこの子の名前候補を並べていく。
クロ、は当たり前すぎてあんまりだし。
よく外国の言葉に置き換えて名前を付けたりするけど、ブラック? ノワール? なんとなくイメージと違う。
元々、獅子と猫科の魔物のハーフだというから、獅子ならレオ? 猫ならタマ? ミケ?
うーん、しっくりこない。
やっぱりいい名前が浮かばないので、メェちゃんに助言を求めることに。
「メェちゃん、この子の名前なんだけど、いい名前思いついた?」
「ねこちゃんだから、ニャーちゃん!」
「いや、猫だけじゃなくて獅子も交じってるし。そもそも猫じゃないし」
「なら、ケダマ!」
「いや、それはちょっと。見たまんまだし」
「なら、クロケダマ!!」
「もっと見たまんまだし、それもちょっと」
ダメだ。
この子のネーミングセンスは師匠とあまり変わりがない。
クロケダマ! と呼んでいる自分を想像して、ぶんぶんと首を振る。
「ぶー、みたまんまだとダメなの? なら名前ってどうやってえらぶの?」
どうやらメェちゃんはご立腹のようだ。
自分が考えついた名前を頭ごなしに拒否されてほほを膨らませている。
でも、メェちゃんのいうことも一理ある。
見た目で名前をつけることは、別に悪いことではない。
ただ、その見た目に問題があるから困っているのだが。
クロ、ケダマ……クロスケ。
もうひとひねり。
チビの顔を眺めながら悩む僕の視界にパチッと開いた二つの目が飛び込んできた。
それは、綺麗な紫色をしていた。
まるで宝石のよう。
アメジスト……後半3つをもらって『ジスト』ってどうだろう。
「メェちゃん、ジストって名前、どうかな?」
「ジスト? ジストかぁ……うん、いいお名前だとおもうよ。メェ、けっこうすきかも」
どうやら、メェちゃんは気に入ってくれたようだ。
あとは、本人というかこの子だけど。
「ジスト? おまえの名前はジストだよ? どうかな? 気に入ってくれたかな?」
話しかけてみるが、チビ、もといジストは微動だにせず僕のことを見つめ続けている。
そして、ゆっくりと瞳を隠した。
どうやらまた眠ってしまったようだ。
ただ、久しぶりに瞼を開けて、その瞳を見せてくれた。
赤かったらどうしよう。
そんな不安はあったが、自分の見間違いではなく、この子の瞳の色は紫色だった。
魔物を表す赤ではなく、綺麗な紫色だ。
アメジストの瞳を持つジスト。
うん、悪くない。
僕が考えたにしてはいい名前じゃないか。
ジスト、今日からお前はジストだよ。
規則的に動く真っ黒な背中をやさしく撫でてやると、何故だか少し身じろぎして僕から離れていったような気がした。
もしかしてもう反抗期?
まだちょっと早いんじゃないの?




