224.美容師~魔導師になる
「えーと、何か?」
「いや、さっそくだけど、Dランクになりたてのソーヤ君の為に、一緒に依頼を選んであげようと思ってね。
今日はマリーが休みだし、まだモイラちゃんではソーヤ君に適した依頼を選ぶのは難しいだろうしね。何せソーヤ君は普通のDランク冒険者とはちょっと違うし」
どうやら、親切心から依頼を選んでくれるみたいだ。
ただ、今はあまり近くにいてほしくないのだが。
できればさっさといなくなってほしい。
キンバリーさんの優しさが心に痛い。
「よかったらソーヤ君のステータスも見せてくれるなら、スキルや職業とかのかなり突っ込んだ助言もできると思うし、どうかな?」
うっ……職業、職業だけは知られたくない。
キンバリーさんにだけは暗殺者になっていることを知られたくないのだ。
だって、絶対に笑われる。
あんなに散々、暗殺者みたいだと言われていたのに、本当に暗殺者になっていることを知られたら……うん、なんとか誤魔化そう。
「今日の所は簡単な低ランクの討伐依頼を受けるつもりなんで大丈夫ですよ。
ほらっ、こいつも一緒に連れて行くので、Fランク辺りにしようかと」
フードの中で眠っているチビをアピールしながら、必死にまた後日でと伝える。
「そうなんだ。その歳で子連れで狩りなんて大変だね。
よかったら、その子をわたしが預かろうか? 今日はそんなに忙しくないし、寝ているだけならギルマスの部屋にでも寝かしておいてもいいし」
「いえ、せっかくの申し出はありがたいのですが、魔物を倒した時にこの子も成長するかどうかを調べたいので」
「ああ、そういうことかい。
普通種の子供も、親が狩りをすることで経験値の一部を取得する可能性があるって説があったか。それなら余計なお世話だったね。気をつけて行ってくるんだよ」
よかった。
今日のところは諦めてくれたようだ。
ほっと一安心の僕に、立ち去るかと思えたキンバリーさんは、1歩2歩と進み、何故だかにやりと笑ってこう言った。
「そういえば、ソーヤ君。さっき、まったく足音をたてずに歩いていたけれど、ついに暗殺者に職種を変えたのかい?」
マズイ。
ここに来て≪忍び足≫スキルが上がっていたことに問題が出るなんて。
内心の焦りは隠しつつ、顔に出ないように注意して僕はこう返す。
「いやですね、キンバリーさん。僕が暗殺者なんて職業に就くわけないじゃないですか。僕の職業はれっきとした魔法使いですよ」
自らも騙し切るかのごとく、自信を持って答える。
すると、
ポーン、
【スキル 偽装を獲得しました】
なんてことはない。
嘘をつく。
たったそれだけで、あんなに請い求めていた≪偽装≫スキルを獲得できてしまった。
「そうだよね。ただ、あまりにもソーヤくんの忍び足が見事だったからさ」
軽口を叩いて去っていくキンバリーさんの背中を、僕は苦笑交じりに見送るのだった。
目的のスキルも無事に覚えて職業の変更を行う自由を得た僕は、さっそく暗殺者から転職することにする。
モイラちゃんにカードの更新をしてもらいつつ、職業変更の手続きを頼んだ。
その際、なるべく職業の一覧等は見ないように! と何度も念を押して見張っていたのだが、好奇心に負けてしまったのか、彼女はチラリと横目で見てしまったようで、
「こんなに職種がたくさん……さすがソーヤ様です」
一層尊敬の念を深めてしまったらしい。
キラキラとした瞳の輝きが前にも増して、今にも光を放ちそうで怖い。
そんなモイラちゃんをなんとか片手間で宥めつつ、すばやく職業欄の一番下を確認する。
『??????』『???????』部分は変わっていない。
あの時見えた3文字も再び?に戻ってしまっている。
ここで≪観察≫と≪集中≫を使えば、また文字に戻すこともできるとは思うが、必ずアイツがやってくる。
女神様からの加護という名の、呪いにも似た効果が発動してしまう。
僕は込み上げてくる好奇心を抑え込み、『魔導師』の職種を選んで転職を行った。
「ソーヤ様! 魔導師への転職、おめでとうございます!!」
「しー、しーー! 声が大きいよ、モイラちゃん。声を抑えて!!!」
カードを更新しなおしてくれたモイラちゃんが、大声でおめでとうと言ってくれるので、周りの職員や冒険者達が、何事かと注目の視線を浴びせてきた。
そんなことは露知らず、なのか興奮で気にも留めていないのか、モイラちゃんが、
「凄いです! さすがです!! 最速タイムで魔導師になった冒険者です!!!
ギルド本部からまたお褒めの言葉をもらえます。いえ、噂の臨時ボーナスさえも夢じゃありません!!!!」
臨時ボーナス、その言葉を耳にした職員達が目に怪しい輝きを灯してわらわらと近づいてきた。
僕はモイラちゃんの手からカードを引っ手繰るようにして掴み、
「討伐に行ってきます!」
脱兎のごとく逃げ去るのだった。
そうだ。
ちょうどいい。
今日は一角兎でも狩って、メェちゃんにお土産に持っていこう。
決して八つ当たりではない。
ただ、少しだけ癒されたいのだ。
そこに、誘惑という罠が待ち受けていたとしても。
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