223.美容師~会いたくない人に見つかる
チビが背中のフードの中で身じろぎをしている。
もぞもぞと動き回るので、首筋がこすれてくすぐったい。
そういえばチビの正体がやっとわかった。
昨夜、酒場の裏路地に隠れて聞き耳を立てて暗殺者らしく振る舞っている時に、リリエンデール様に呼び出されたのでついでに聞いてみたのだ。
リリエンデール様の見立てによると、普通種の獅子とエルダーキャットの混血らしい。
物凄く珍しいのだが、たまに魔物の雄が普通種の雌を相手に選び妊娠させることがあるようだ。
ただ、魔物である雄側の遺伝子は普通種の雌側の遺伝子に吸収される形で影響を及ぼすことは少なく、普通種の種族として生まれることがほとんどらしい。
なので、ハーフという形でも魔物側の特徴が現れることはめったにないはずだというのだが……まとめると、かなりレアなケースでこの世界を探してもたぶん数匹から数十匹いるかどうか、とのこと。
生まれ落ちたとしても、見た目の問題で普通種の雌側が子育てを放棄することが多く、大人になるまで成長するのはほぼゼロらしい。
チビのように捨てられ、その場でゆっくりと息絶えるか、魔物に食べられて死んでしまうのだ。
僕が拾ったのも何かの縁なのだから、できれば大切に育ててあげてほしいと言われてしまった。
それと、珍しさから攫われて売られる危険があるので注意するようにとも言われた。
こんな真っ黒の毛玉を欲しがるような人がいるのだろうか?
珍獣扱いで特殊な趣味の人ならどうかはわからないが。
でも、なんだかんだで育て続けている僕としては、やっぱり情が移っていたりする。
抱いていると、温かな体温に安心するのは事実だし。
リリエンデール様にも頼まれたことだし、僕なりに大切に育てることにしよう。
大人になったら、自立してニムルの森辺りに放すのもありかもしれない。
そうそう、あと魔物を狩りに行く時はチビも連れて行くように言われた。
この世界の生物は僕らと同じようにレベルのようなものがあり、普通種と魔物のハーフであるチビには魔物を倒すことでステータスが上がる可能性があるらしい。
まだ自分では魔物を倒すことはできないが、僕が倒した魔物の経験値を一緒にいることで一部だが吸収できるはずとのこと。
チビがミルクを飲む時以外にほとんど寝ているのは、経験値をまったく取得していないので、ステータスが低すぎて起きて活動するだけの力がないとの予想だ。
子供時代は、親が狩った獲物の経験値を少しずつ取得できるのだが、チビはそれができなかったのだろう。
そのリリエンデール様の予想を確かめる為にも、今日はチビを連れて魔物を狩ってみるつもりだ。
冒険者ギルドに行って依頼を受け、ニムルの森でランクの低めな魔物の討伐をしてみよう。
上手くいけば、今日の夜には目を覚ましているチビと遊べるかもしれない。
それは少し楽しみだったりする。
ギルドに到着し、受付に進む。
今日のカウンター業務をしているのは、新人受付嬢のモイラちゃんだ。
この子、悪い子ではないのだが、僕のことを実力のある冒険者だと思い込みすぎていて、高ランクの討伐依頼ばかり勧めてくるのでちょっと困っている。
ただ、マリーがいたらいたで≪偽装≫スキルを獲得したかとしつこく聞かれるので、正直どっちもどっちだったりする。
でもまぁ、あの人がいるよりはどちらでも僕にとってはまだよかったりはするのだが。
なんて思っていたのがいけないのか、これがもっさんの言うフラグというやつなのか、一番会いたくなかった人物が階段を下りてきて僕のことを見つけたようだ。
にこやかな笑顔を向けながら、真っ直ぐに僕めがけて歩いてきた。
「やぁ、ソーヤ君。久しぶりだね、元気にしていたようで何よりだよ」
「キンバリーさん、ご無沙汰しています。おかげさまで、それなりに元気にやっていますよ」
モイラちゃんと会話をしてしまえば諦めてくれないかな、と若干足を速めて受付に急いでいたのだが、立ちふさがるようにキンバリーさんに回り込まれてしまった。
「そういえば聞いたよ。Dランクに昇格したんだってね。おめでとう。
このニムル支部では最速でのDランク冒険者誕生だって、ギルマスが本部からお褒めの言葉を貰ったらしいよ。嬉しそうにさっきも話していたし、僕達ギルド職員としても鼻が高いよ」
「そうなんですか? 僕にはそんなこと一言もいいませんでしたけど。
でも、職員の人達にも喜んでもらえたなら幸いです。次はCランク目指して頑張りますよ。キンバリーさんも、いろいろ助言等宜しくお願いしますね」
「ああ、任せてくれ。これでも元Cランク冒険者だからね。できる限り力にはなるよ。それに新人冒険者の育成は、ギルド職員の仕事ともいえるからね」
「頼りにしてますよ。それでは僕は依頼を受けるので」
自然な流れで話を打ち切り、モイラちゃんの元へ向かおうとしたのだが、にこにこと微笑みながらキンバリーさんが後をついてくる。
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