22.美容師~キノコ採り名人の力を見せる
……というわけで、僕達は今、ニムルの森にいる。
キンバリーさんというのは、昨日マリーの頭を叩いた人物だった。
今は腰に長剣を携え、周囲を警戒しながら子供達を見守ってくれている。
僕はというと……子供達と一緒になって猪の後を追い回しているのだが、一向にノインが見つからない。
当たり前だ、猪がノインの生えているであろう草むらに寄って行ってくれないのだから。
「ちぇっ、またハズレだ。キノコなんて無いぜ」
一番背の高い男の子が舌打ち混じりに悪態をつく。
これで連続5回目なので、子供達の僕を見る目はキラキラしたものから不信なものに変わってしまった。
猪、がんばれっ、違う、そっちじゃない! 右だ右!
心の中で応援しているが、届かないみたいだ。
気になりますレーダーがビンビン反応しているのに、採取することができずに、鼻がムズムズしてきた。
やはり、設定に無理があったのだろうか。
キンバリーさんは僕を責めはしないものの、苦笑いを浮かべっぱなしだし。
仕方ない、切り札を切ろう。
ちょうど近くにいた一番歳の小さな男の子を呼び寄せ、
「あそこの茂みを探してごらん。さっき、別の猪が草を食べていたよ」
「ほんと?」
年長者ばかりが先に探して、この子は順番を後回しにされていたので、嬉しそうに走って行って、草むらに頭から突っ込んだ。
しばらくゴソゴソと動いていたが、やがて、
「あった! あったよ! 3本もある!」
両手にノインを2本持ち、高々と掲げた。
残りの4人が、「うぉー」と叫んで駆け寄っていく。
「ようやく見つかりましたか。それも3本ですか」
いつのまにか隣にいたキンバリーさんが、目を細めてはしゃぐ子供達を眺めてる。
まったく気配がしなかった。
さすがCランクは伊達ではないのだろう。
キノコを見つけた男の子は自分の分を1本確保し、残りの2本は歳の若い順に渡してあげていた。
一人締めしないのか、偉いもんだな。
感心するように、キンバリーさんと二人で、うんうんと頷く。
「兄ちゃん。疑ってたけど、本当にキノコ取り名人なんだな! あと2本も早く見つけてくれよ」
背の高い男の子が体ごと僕にぶつかってくる。
疑われていたわけか……やっぱりね。
気を取り直して、キノコの探索を再開した。
猪は相変わらず当たりの草むらには近づいてくれない。
けれど子供達はハズレを引いても今度はボヤキもせずに、
「次だ。次こそ見つけるぞ!」
前向きに闘志をむき出しにしている。
ノインの場所はわかっているからこそ、猪の動きがもどかしい。
見当ハズレな場所を必死で探す、健気な子供達を見ていると、僕は……なんて悪いことをしているんだ。
落ち込んできてしまう。
いっそ猪とは関係のない場所を探すように言ってしまおうか。
そう思った矢先に、もう一匹別の猪が乱入しいてきた。
しかも、真っ直ぐにノインのあると思われる場所へ向かっていく。
行け! そのまま!
今度は祈りが通じたのか、猪は僕らが見守る中で草をモソモソと食べ、こちらを一瞥し去って行った。
すぐさま5人が一斉に草むらに群がり、2人がキノコを掴み上げると、歓声が「わぁー」と響きわたった。
「お疲れ様でした」
ギルドに戻るなり、キンバリーさんが僕の肩を叩いて、ギルマスに報告する為に階段をのぼっていった。
マリーから受けとった300リムを握りしめてこちらに手を振り、一塊で飛び出していく子供達に手を振り返し、自分が思いのほか疲れていることに気がついた。
空いていたテーブルの椅子を引き、もたれるように腰をおろす。
「ソーヤさん、お疲れ様です」
そっと差し出されたお茶の入ったコップを手に取り一息で飲み干した。
マリーがニコニコと見つめてくるので、
「なんとかキノコ採り名人の名前を汚さずにすんだよ」
冗談混じりに呟いた。
「魔物に襲われることもなく、無事に依頼達成ですね。みんなもあんなに嬉しそうにして、普段とは違いますけど、いい気分です」
「僕もだよ。あの子達の母親も喜ぶだろうね」
「それはもう……」
きっとその光景を想像しているのだろう、マリーの微笑みに母性のようなものを感じる。
「じゃ、今日は帰るよ。なんだか疲れたみたいで」
「そうですね。ゆっくり休んでください……と言ってあげたいんですが、これについての説明がまだですので」
マリーの手には、Fランクになった為、緑色になった僕のギルドカード。
ちなみに内容はこう。
==
名前 ソーヤ・オリガミ
種族 人間 男
年齢 26歳
職業:
レベル:1
HP:20/20
MP:20/20
筋力:16
体力:16
魔力:16
器用:32
俊敏:18
スキル:採取《Lv4》、恐怖耐性《Lv2》、身軽《Lv1》、剣術《Lv1》
称号:
==
あれ、スキル項目に《観察》がない……。
「さて、ではさっさと白状してくださいね。どうして《採取》が一気にレベル4に上がってるんですか? しかも《剣術》や《身軽》まで増えてるし。
何より、昨日はレベル1だった《恐怖耐性》がレベル2になっていますが……今日は魔物には遭遇していませんよね? 昨夜ギルドを出てから今日の依頼を終えてギルドに戻って来るまでにスキルが上がる程の恐怖って、なんだったんですかねー?
わたしにしっかりと教えていただけませんか?」
「さ、さぁ。なんだったかなー……いつのまにレベルが上がったのかなー。全然気がつかなかったなー」
「ジー……」
向かい合うように椅子に座ったマリーが、テーブルに手を付いて身を乗り出す。
「ジージージー……」
子供のように言葉に出して見つめてくるので、顔に穴があきそうだ。
ヤバい、また《恐怖耐性》が上がってしまうかもしれない。
どうにかしてこの場を切り抜けなければ。
何かマリーの気を逸らすような話題はないか!?
そうだっ!
「そういえば、マリーに大事な相談があったんだ」
「なんですか? それはわたしの質問よりも大事なことなのでしょうか?」
「大事だよ。僕の命がかかっていることなんだから」
「そっ、それは大事ですね!? 何があったんですか?」
マリーが真剣に聞いてくるので、少し心が痛い。
でも嘘というわけではないし。
「今日キンバリーさんと一緒に行動して考えたんだけど、何か遠距離用の攻撃手段を準備したほうがいいかな?」
キンバリーさんが前衛で剣を振るなら、子供達を守りながら、後衛で援護射撃をしたほうがいい。
それにこれから討伐依頼を受けて、相手に見つかる前なら、隠れて先制攻撃ができないか。
そう思ったんだ。
「遠距離攻撃用の武器ですか……確かに持っていても悪くはないですね」
顎に手を当てて、んーと唸っている。
「遠距離攻撃用の武器というと、弓や投げナイフが主流ですが……せっかく《剣術》スキルがあるのだから、弓を持つのは邪魔になりますし……やっぱりあの時ナイフを諦めるべきではなかったですね……」
「ナイフを投げるの?」
「そうですね。冒険者の方で投げナイフを使う人は多いです。
あくまで牽制の意味合いが強いですが、《投擲》スキルがあれば、当たり所によっては一撃で行動不能にもできますし」
「それはすごいね。ナイフを買うことにするよ」
「それがいいですね。これからすぐに行きますか? あと2時間くらい待ってもらえれば仕事が終わるので一緒に行けるんですが……」
「大丈夫。グラリスさんの所で買うつもりだから、適当に見繕ってもらうよ」
「グラリスさんの所なら、尚更わたしも一緒に行った方が」
遠慮がちに言ってくるが、きっとまた値切るのだろう。
値切り倒すのだろう。
グラリスさんの疲れきった表情を思い出し、彼を助ける為にも、今回はお断りすることにした。
「絶対にグラリスさんの言う値段で買ってはダメですよ!」
しつこいくらいに念を押されるので、わかったから、と答えてギルドを出た。
振り返ってもその場で心配そうに見送ってくれているので、母親に頼まれてお使いに出かける子供の気分だ。
角を曲がる時に横目で伺ったが、マリーはまだギルドの前に立っていた。
グラリスさん……あなたとマリーの関係はなんですか?




