218.美容師~レベルが上がらないことがバレる
結局、方針も定まらないままで、促さられるままカードをマリーに渡す。
こうなれば、どうとでもなれというやけっぱちな思いしかない。
マリーがする更新の手続きを食い入るように見つめるギルマス。
彼の心の中の声はきっと、こうだ。
『15出ろ、15出ろ、15出ろ……せめて14、もしくは13でもいい!』
結果が分かっているだけに心が痛む。
だってそのうちのどれでもなく、彼の希望とはかけ離れている数字を目の当たりにするはずなのだから。
機械から吐き出されたカードを、マリーから手渡される時間も待てなかったのか、ギルマスがひったくるように手を伸ばす。
両手で掲げるように持ち、しばし目を閉じて祈るように何事かを呟いた。
『頼む! 15、来い!!』
≪聴覚拡張≫が無駄に働いて、僕の耳に届けてくれる。
そして、カードを睨みつけるようにして……ギルマスの動きが止まった。
頭が理解できないのだろう。
無表情のまま、唇だけを震えるように動かした。
「なん、だと……どうして、どうしてレベルが2なんだ?」
マリーは不思議そうに小首を傾げてギルマスを見ていたが、ゆっくりとその視線を僕に移動させたので、マリーの目を見つめ返しながら、小さく首を振ることで示す。
さすが僕の守護天使マリー、それだけで自体を察したのだろう。
顔を引きつらせたかと思えば、すばやい動きで立ち上がり、ドアに向かって走り出そうとする。
するのだが、僕がそれを許すはずもなく、より早い動きで腕を掴み、力強く引き寄せて隣に座らせた。
「ソーヤさん、放してください! わたし、大事な用事を思い出しました!
火急です。火急的案件です! わたしじゃないと解決できない問題なんです! このままだと大問題になります! 今すぐに下に行って、モイラちゃんと受付業務を変わってあげないと!!」
「やだなぁ、マリー。マリーは僕の担当なんでしょ? ちゃんとこの場に同席していてもらわないと。ついさっき、自分で言っていたじゃないか。それもギルドマスターに逆らってまで」
「あっ、そうでした。すっかり忘れていました。
わたし、実はソーヤさんの担当を今日で変わることになりまして。次の担当はモイラちゃんが受け持つと思いますので、今までお世話になりました。
あの子、ソーヤさんに憧れていますので、モイラちゃんと仲良くしてあげてくださいね。そして、わたしのことはどうか忘れてください」
にっこりと笑顔で言ってくる。
酷い、酷すぎる。
一瞬で僕のことを見捨てようとしている。
しかも、面倒ごとだとわかっているくせに、つい最近入ったばかりの新人に押しつけてまで逃げようとするなんて。
僕の守護天使は、僕を守護する気がまったくないようだ。
もはや、守護天使ではなく天使でもない。
ただの裏切り者に成り下がろうとしている。
掴まれたままの右腕から僕の手をなんとか外そうともがき、
「早く! 早く放してください! 今ならまだ間に合います! どうか手遅れになる前に!!」
小声で叫ぶという不思議な特技を披露するマリーの左腕を、いつのまにか伸びてきた大きな手のひらが掴んでいた。
がしっと音がするくらいに、決して放さないという意思を込めて。
それに伴い、マリーが諦めたかのように、よろよろとソファーに座り込む。
「マリー……お前、知っていたのか?」
まるで地獄の底から聴こえてくるような、低い声でギルマスが呟いた。
「知りません! 何も知りませんよ!! っていうか、わたしは現在、何が起こっているのか理解すらできていませんから!!!」
「なら、なんで逃げようとした?」
「だって、絶対に面倒ごとですもん! 巻き込まれるのは嫌です!!」
ぶんぶんと首を振り、両腕を掴まれたまま髪の毛を振り乱す。
やめてほしい。
いい匂いがするし、視界の中を移動する髪の毛に気を取られて触りたくなり、思わずマリーの腕を掴む力が緩みそうだ。
けれど、例え僕が腕を放したとしても、もう片方が解放されることはないだろう。
強張っていたギルマスの顔が、次第に泣き出しそうな顔に変わっていく。
「マリー、頼む、俺を助けてくれよ」
「無理です! 嫌ですよぉーー!! 誰か、わたしを助けてください!!!」
僕は、二人から視線を外し、首を後ろに傾けて天井のシミを数えることにした。
誰か、誰でもいいからこの部屋に乱入してくる人はいないかと。
次の生贄が訪れることを願いながら。
それから、ギルマスに聞かれ、何故だかまたレベルが上がらなくなったことを告げた。
それを聞いたギルマスは、より悲しそうな顔になり、ますますマリーに縋りつくように泣きそうな顔で詰め寄った。
そして、2人の長い話し合いが始るのだった。
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