216.美容師~ギルマスに呼び出される
そういえば、結局マリーの用事はなんだったんだろう?
思わず逃げ出してしまったので、肝心なことを聞き忘れてしまった。
まだお昼前だし、武器も無事に受け取ったし、依頼を受けるのであれば冒険者ギルドに行くしかないし……顔を合わせづらいけれどギルドに向かうとするか。
マリーに呼び出された用事も気になることだし。
ギルドに着くと、扉の陰からそっと中を覗き込んでみた。
受付のカウンターには、さっき紹介してもらった新人の女の子。
えっと、モイラちゃんだっけ。
彼女は真剣な表情で、何か書面を読んでいるようだ。
邪魔しては悪い雰囲気だが、マリーのことを聞くにしても、依頼の受注を頼むにしても、彼女に話しかけるしかない。
「こんにちは、モイラちゃん」
「はい! 冒険者ギルド、ニムル支部へようこそ!! 本日はどのようなご用件でしょうか?」
「あー、その、マリーいるかな? もしくは何かい依頼はあるかな? Eランクの討伐系で」
「えーと、マリー先輩はギルマスに呼ばれて2階に行っています。Eランクの討伐系ですと、現状では特にオススメするものはないかと。ちなみに、最近はマッドウルフの数が増えているようなので、討伐をして数を減らしていただけると助かりますね」
「いや、マッドウルフって、Eランクだとダメじゃない?
しかも数が多くて群れているなら、DとかCランクでもパーティー推奨じゃなかったっけ? ソロのEランク冒険者に勧めちゃダメじゃない?」
「えっ、でもソーヤ様はBランク相当の実力なのですよね? だったらマッドウルフの5匹や10匹、余裕ですよね?」
キラキラした目で見つめられると、余裕じゃないとは答えづらい。
確かに、3匹同時くらいなら問題なく狩れる自信はある。
ケネスさんとの模擬戦の為に、師匠にスパルタ特訓をしてもらったので、魔法込みなら5匹同時でもなんとかなると思う。
だがさすがに10匹同時は無理じゃないかな?
相手に気づかれずに離れた距離から魔法で先制攻撃をして足を止め、すかさず次の魔法を撃ちこんで、距離を取りつつ各個撃破していけば……頭の中で戦闘の組み立てをしていると、背後から右腕をがしっと掴まれた。
「ソーヤさん! どこに行っていたんですか?
ソーヤさんが来たら、ギルマスにすぐに部屋に連れてくるように言われていたのに、気がついたらどこにも姿が見えなくて……探したんですよ?」
「ああ、マリー。ごめんごめん。
ちょっとグラリスさんの所に新しい武器を取りに行ってたんだ。それで無事に受け取ったから、今戻ってきたんだけど」
「そうなんですか? なら一声くらいかけてくれても」
いやいや、あの状態のマリーに声をかけるなんて、とてもじゃないけど僕には無理だ。
「おかげで、今もギルマスにくどくどと小言を言われたんですからね。『お前は人を呼んでくるだけの簡単な仕事もできないのか?』って。
なんだか最近、ギルマスの機嫌が悪いんですよね。なんでだろ? ソーヤさん、何か知ってます?」
「いや、僕は特に知らないけど」
「そうですか……、こうなったら奥さんに言いつけてやるしかないですね。上司の立場を利用して職場で虐められてますって。
そうだ! この前、わたしの髪の毛を触ろうとしてきたって言ってやろうかしら。あの時はたくさんの承認も周りにいたことだし、嘘だけど信じてくれるかもしれないし」
黒い笑みを浮かべて小声で呟くマリーに、やめてあげなよと言おうか迷ったが、やめておいた。
僕が口を挟むことではないだろう。
こちらに飛び火するのが怖かったからではない。
不敵な笑顔が怖かったわけでも。
そう、決してだ。
「で、ギルマスが僕に用事なのかな?」
「そうでした。お手間を取らせて申し訳ありませんが、一緒にギルマスの部屋までご同行願います」
急にフランクな態度からギルド職員の顔になるマリー。
その変わり身の早さは、新人受付嬢のモイラちゃんとはさすがに違う。
僕もそれに合わせてマリーの一歩後ろをついて歩き、階段に足をかけた。
「ギルマス、ソーヤさんをお連れしました」
「おう、入れ」
「失礼します」
ノックをして声をかけ、マリーが扉を開いた。
部屋の奥の机に向かっていたゴルダさんが、手に持っていた紙の束をガサガサと手の中で纏め机の上に置いた。
書類仕事が似合わないなぁ、なんて思いつつ、
「お疲れ様です」
と声をかけると、
「ああ、お疲れ様だぜ、ほんと。誰かさんのおかげでな」
ギルマスは疲れたように笑みを浮かべ、ソファーにどっかりと腰を下ろした。
ぞんざいな身振りで座れ、と言われ僕も体面に腰を下ろす。
僕の隣には、少し隙間を開けてマリーも座った。
「マリー、ご苦労だったな。お前は下に戻って仕事をしろや」
「いえ、ソーヤさんの担当として、わたしも同席させていただきます」
「席を外せって言ってるんだが?」
目を細めて睨みつけるようにギルマスが言うが、マリーは素知らぬ顔で、
「わ・た・し・も、同席させていただきます」
にっこり笑顔だ。
本来であれば、冒険者ギルドのマスターである彼に、ここまで逆らうのはよくないのであろう。
上司の命令に逆らうのだから、それなりの罰が与えられるはずだ。
ただ、僕には逆にギルマスに与えられる罰が思い浮かべられてしまう。
先程のマリーが浮かべていた黒い笑みと、漏れ聞こえてしまった言葉。
だからこそ、ここはギルマスを守る為にもマリーの味方をしておこう。
同じ男として、冷や汗を垂らしながら責められる彼の未来の姿を消し去る為にも。
「それで、僕に用事があると聞いているのですが?」
話を進めてほしい、と言外に込めてギルマスに話の先を促した。
「ちっ、後で覚えているよ」
捨て台詞を吐くギルマスだが、そのセリフがマリーの心の中で吐かれていないのを祈るだけだ。
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