212.美容師~新人受付嬢を紹介される
「じゃあ、行ってくるわね」
そう言い残してリリエンデール様から地上に送られた。
いつものクルクルだけど、指先が楽しそうに弾んでいるような気がするのは僕の思い込みだろうか。
姿見にうつった自分の姿を満足げに見ていたリリエンデール様を思い出し、僕まで幸せな気分になる。
ベッドから身を起こし、顔を洗って身支度をする。
朝食をとったあとは、マリーとの約束もあるし冒険者ギルドに向かおう。
ついでに何か依頼を受けてもいいな。
目を覚ましたチビにミルクをあげ、また眠ってしまったので布で包んで宿屋を出た。
依頼を受けるのならばチビは連れていけないので、師匠の店に預かってもらうことにした。
師匠の店から冒険者ギルドに向かっている最中に、リリエンデール様にチビのことを聞くのを忘れていたことに気がついた。
まぁ、またの機会に聞けばいいか。
そう自分を慰め、マリーはいるかな、とギルドの入り口から中を覗き込む。
いつもの受付には、先日紹介を受けた、新人職員の女の子がいた。
誰かの対応をしているわけでもないのに、口が動いているのは独り言なのかな?
《聴覚拡張》が発動して、その言葉を僕の耳に届けてくれた。
『いらっしゃいませ、冒険者ギルドニムル支部へようこそ。本日はどのようなご用件でしょうか? ……よし、今度は噛まないでちゃんと言えた』
一人で特訓中のようだ。
新人らしい、微笑ましい努力だね。
そっとしておこう。
さて、マリーはどこだろう。
中に入り見回してみるが、見当たらない。
もしかして、マリーは休みかな?
でも、師匠にはギルドに来るように言付けをしたみたいだし……しばらく待つしかないか。
テーブルについて、果実水を頼む。
この時間を利用して、スキルのチェックでもしようかな。
なんて思ってノートを取り出そうとすると、隣に誰かの気配が。
「元気になったみたいですね、安心しました」
椅子を持って移動してきたマリーが、
「おはようございます」
と言いながら、隣に腰かけた。
「おはよう、マリー。昨日はいろいろとありがとう。おかげでこの通り元気だよ」
果実水を持ってきてくれたギルド職員に、同じものをもうひとつ追加で頼んだ。
「これは、ほんの気持ちです」
僕の前に置かれた果実水の入ったコップを、マリーの前に移動する。
「あら、それはそれは、ありがとうございます。では、遠慮なくいただきますね」
美味しそうにコップを傾けるマリーを眺めていると、僕の分も到着。
うん、確かに美味しい。
けど、やっぱり生温いというか、常温なんだよな。
これで冷えていればもっと美味しいと思うのだけど。
「それで、本当に体の調子は問題ないですか?
話している最中にいきなり気を失ってしまうから、わたし心配したんですよ。イリス様は『ただの魔力切れで、寝かせておけば自然と目が覚めるから大丈夫』だとおっしゃってましたが」
師匠の名前の部分だけは小声にして、マリーが僕を観察するように見つめてくる。
少しでも調子が悪そうな素振りを見せたら、すぐにでもベッドに寝かされてしまいそうだ。
「師匠の言う通り、マリーが帰ってしばらくしたら起きたみたいだよ。眠ったことで魔力も回復していたし、起きた後も特に問題はなかったかな」
「そうですか。ならいいですけど」
呟くマリーに再度、
「心配してくれてありがとう」
と告げると、
「あんまり心配させないでくださいね」
約束ですよ、と自然な流れで約束させられてしまった。
気をつけよう。
マリーに怒られるのは精神的にきつい。
特にあの笑顔だ。
謎スキル満載の、特殊効果がありそうな例のヤツ。
もしかしたら、目に見えないだけで、少しずつ僕の寿命は縮んでいたりするのかもしれない。
「ソーヤさん……何か変なこと考えていませんか? なんだかわたし、そんな気がするんですけど?」
目を細めて尋ねられたので、
「なんでもないです。マリーの気のせいだよ」
と答え、
「マリー、今日は仕事は休みなの? 受付にいなかったから探したよ」
瞬時に話題を変えた。
「残念ながら仕事中ですよ。ギルマスに呼ばれて2階に行っていたんです。今の時間帯はそんなに込み合わないので、練習を兼ねて受付は新人さんにお願いしています。
そうだ! せっかくなので、ソーヤさんにご紹介しますね」
マリーは両手を胸の前で打ち鳴らし、コップの中の果実水を飲み干して、
「行きますよ」
振り返りもせずに歩いていく。
「モイラちゃん、お疲れ様。どう? 順調にできている?」
「あ、マリー先輩。お疲れ様です!
なんとかこなしている感じですが、まだ何をするにも時間がかかってしまって……さっきも冒険者の人に『遅い!』って苦情を言われてしまいました」
シュンとして落ち込む新人さんに、
「大丈夫大丈夫、みんな最初はそんなもんよ。すぐに慣れて早くなるから、気にしないの!」
マリーが優しく慰めている。
なんか、新鮮だな。
マリーが先輩風をふかしている。
それに、この新人の女の子、モイラちゃんだっけ、この子を見ていると、入社したてのアシスタントの女の子達のことを思い出す。
仕事がうまくできなくて、「わたし、美容師に向いていないのかも」なんて落ち込む後輩達をあの手この手で何度慰めてきたことか。
自然と口元に笑みが浮かんでしまって、それに気がついたマリーが、
「ソーヤさん、笑わないであげてくださいね。この子だって一生懸命なんですから」
苦笑交じりに注意されてしまった。
別にこの子のことを笑っていたんじゃないんだけどな。
とりあえず、「ごめんなさい」と謝ることにした。
お読みいただきありがとうございます。




