209.美容師~チビの名前を考える
そういえばチビはどこに?
キョロキョロと部屋の中を見回すと、僕が探しているのに気がついたのか、師匠がソファの隅を指さした。
「お探しのものはソレかい?」
立ち上がって近づくと、たくさんの布の山に埋もれて真っ黒な毛の塊が現れた。
「あんたと一緒に、マリーに抱かれて帰ってきたけど、ずっと眠りっぱなしだよ。一応、目が覚めてお腹が空いた時用に羊の乳を用意してある。ほら、そこに」
テーブルの上に置いてある器の中身は、チビの為のミルクだったのか。
どおりで見慣れないものがあると思った。
「そういえば、僕はどのくらい寝ていたのでしょうか?」
「そうさねぇ、模擬戦が終わってすぐに意識を失ったと聞いているから、だいたい6刻くらいじゃないのかい?
魔力を全て使い切らないように少し残したんだろ? おかげで昏倒はしなかったんだろうが、体が意識を落として静養することを選んだんだろうね。すぐに眠ってしまったとマリーが言っていたよ」
「そうですか。それでマリーは?」
「あんたを運んできてくれた冒険者を店の近くに待たせて店に駆けこんできたから、ダミーで近くの宿屋に一度運んでもらったのさ。
それで冒険者の男と冒険者ギルドに向かうと言っていたよ。だから模擬戦に勝ったことと、そのあとに倒れたことしか聞いてなかったのさ」
そうか。
この店にランドールさんを連れてくると、そこからケネスさんに情報がわたる危険性があるよな。
さすがマリー。
頭の回転が早くて助かる。
そこでダミーの宿屋をすぐに手配する師匠もさすがと言わざる得ない。
なんにせよ、助かった。
「ああ、『明日、冒険者ギルドに顔を出してほしい』と言付けを預かっていたのを忘れていたね。確かに伝えたよ。ちゃんとお礼をしておあげ」
「わかりました。それでは今日の所はこの辺でお暇させていただきますね。また近々寄らせてもらいますので、引き続き修行の方は宜しくお願いします」
「わかったよ。まだ魔力が回復しきっていないだろうし、今日の所はゆっくり休みな」
寝たままのチビを抱きかかえて師匠の店を後にした。
メェちゃんに手を振り、リンダさんにはお礼を伝え宿に戻ることに。
師匠のお店で購入した空色の大きな布でチビを包み、苦しくないように鼻と口の辺りだけ隙間を開けておく。
おかげでじろじろと無遠慮な視線を受けることもない。
最近では外出するときは、いつもこのスタイルだ。
チビは相変わらず、ほとんどの時間を寝て過ごしている。
ミルクを飲む時だけは起きるのだが、目を開けることがないのでご対面とはいかない。
骨だけしかなかった足や体にもほんのりと肉がついてきたし、元気にはなってきているのだと思う。
親と引き離されて僕といるわけなのだが、このコはそれについてどう思っているのだろうか。
まだよくわからないのかもしれないが、このままだと僕が親代わりになって育てるしか道はなさそうだ。
いつまでも『チビ』なんて仮の呼び名ではなく、本格的な名前を付けてあげる必要があるな。
このままチビと呼び続けていると、自分の名前がチビだと勘違いしかねない。
何かこのコにぴったりな名前はないものか。
頭を悩ませながら宿へと帰路についた。
宿に着き、自分の部屋に戻るとベットの上にチビを寝かせて自分の隣に寝転がる。
シザ―ケースを腰から外し、煙草を1本取り出し口にくわえて火をつけた。
吸い口の手前にリング形状で緑色のイラストがあるのに気がついた。
女神様の元で吸ったものと同じだ。
肺に吸い込んで煙を吐き出すと、ミントのような香りが鼻に抜けてきた。
あれから何本か吸っていたが、吸うたびに頭がすっきりとして爽快感がある。
疲れた時にはリラックス効果があって、元の世界で吸っていたものよりも今では美味しく感じる。
何より減ってしまっても補充されるのがいい。
遠慮なく吸えるので嬉しくはあるが、僕しか持っていない特殊な物みたいなので、人にあげるのはやめていた。
一人でいる時の楽しみの一つだったりする。
チビがまだ起きなそうなことを確かめて、湯船を持ち庭でお風呂に入ることにする。
女将さんにお湯をもらい、簡易的なシャワーを浴びてサッパリする。
部屋に戻ってもまだチビは寝ていたので、『ドライヤー』の魔法で髪の毛を乾かした。
そうしていると、チビがモゾモゾと動いて、布の中から鼻を出してクンクンと周囲の匂いを嗅いでいた。
師匠の店から貰ってきたミルクを温めて飲ませると、またすぐに眠ってしまった。
これで明日の朝まではぐっすりだろう。
僕も食事をとろうと1階に降りて夕飯を食べる。
なんだか今日は疲れた。
ここ最近、魔法自体は限界まで使用していたが、やはりケネスさんとの模擬戦という名の駆け引きは、僕を憔悴させていたのだろう。
少し早いが僕も眠ることにしよう。
布に包まるチビを両手で持ち上げて壁側にずらし、毛布を被って目を閉じた。
明日は冒険者ギルドに行って、マリーにお礼を伝えなくては。
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