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女神様の美容師  作者: 獅子花
美容師 異世界に行く
208/321

208.美容師~目を覚ます


 ぼんやりとうつる視界いっぱいに、メェちゃんの顔があった。

 嬉しそうに上から覗きこんでくるので、髪の毛がさらさらと揺れていて自然に目が吸い寄せられてしまう。


「おばあちゃーん、おにいちゃん、おきたよー」


 パタパタと走り去っていくのは、誰かを呼びにいったのだろう。

 おばあちゃん?

 そうか、ここは師匠のお店か。


 見覚えのない天井を眺め、ゆっくりと体を起こしてみる。

 眠ることでMPが自然回復したのか、魔力不足は解消されているみたいだ。


 ベットを下りて部屋を出る。

 さっきまでいた部屋は師匠の寝室だったのだろう。

 自分の体から、師匠がいつも身にまとっているお香のような香りがする。

 

 灯りのついている方に向かって進むと、いつものリビング兼応接室というか、師匠が座っているソファーの部屋に着いた。


「おや、ソーヤ。お目覚めかい? 

 あんたが運ばれてきた時はどうしたものかと思ったけど、模擬戦は無事に怪我もなく勝ったそうじゃないかい。まぁ、わたしの希望通りの勝ち方ではなかったようだがね。

 まずは弟子の勝利に対して、おめでとうと言わせてもらおうか。いつまでもそんなところに立っていないで、座りな」


「はい、ありがとうございます」


 椅子に腰かけてお礼を返すと、師匠に寄り添うようにしていたメェちゃんも「おめでとー」と駆け寄って抱き着いてきた。


「ありがと、メェちゃん」


「おにいちゃん、やっぱり強いんだね。あの時も、わるい魔物からメェのこと守ってくれたもんね。だいすき!」


 グリグリと頭をおなかに押しつけてくる。

 条件反射的に頭を撫でてしまいそうになるが、なに? と見上げてくるメェちゃんと目が合い、慌てて手を引っ込めた。


 危ない。

 ほんとうにこの子は、僕にとって魔性の子かもしれない。

 なんでもないよ、と微笑みかけて師匠に向き直る。


 師匠が訝しそうな目で僕を見てくるが無視だ、無視。

 気がついてないように振る舞い、そっと視線を反らす。


 あー、えーと……沈黙が痛い。

 何か誤魔化すようなことを言った方がいいかな。

 メェちゃんの髪の毛にゴミがついていて、とか。

 

 いや、僕は何も悪いことはしていないし、師匠だって気にしていないはずだ。

 だから大丈夫。

 自らに言い含めるようにしていると、


「メイー! ソーヤが目を覚ましたんなら、お店の方を手伝っておくれー!」


 タイミングよくリンダさんの声がかかり、「はーい」と頬を膨らませたメェちゃんがぶーたれながら僕から離れる。


 ナイスだ、リンダさん!

 女性にしてみるとあまりにも威勢のいい声に、師匠の顔に苦笑が浮かび張りつめていた空気が緩んだ。


「おにいちゃん、おかあさんが呼んでるから、メェいかなくちゃ。今度はゆっくり遊ぼうね」


 メェちゃんはそう言って名残惜しそうに去っていった。


 去っていったのだが、僕の耳元に顔を寄せて小声で囁かれた言葉に思わず身を震わせる。


「ふたりきりの時は髪の毛にさわっても大丈夫だからね」


 こ、怖い。

 この子、もしかして確信犯なのか?

 ……気をつけよう。

 人目がある時は特に。




 師匠と二人になり、改めて向き直る。


「なんとか無事に模擬戦を終えることができました。これも、師匠の特訓のおかげです。ありがとうございました」


「あんたが頑張った結果だよ。格上の魔導師相手に正々堂々と模擬戦を挑んで勝ったんだ。もっと誇らしくしな。

 次は水属性の魔法使いとして力で押し潰してくれれば、わたしとしては嬉しいんだがね。さて、それじゃあ模擬戦について話してもらおうか」


 師匠の言葉に曖昧に微笑むことで返し、模擬戦の内容を報告した。

 要所要所で質問を挟まれながら話し終えると、


「なら、氷属性に関しては見せなくてすんだんだね。それは重畳。

 これから売り出す予定の冷たい飲み物に関しても、あんたにたどり着く人は少ないにこしたことはないからね」


 そういえば、春のようだった気候も、少しずつ暑くなってきていた。

 この世界には梅雨のようなものはないらしく、春が終わればすぐに夏になるらしい。


「来週あたりから売り出すつもりだから、冒険者ギルドで依頼を受けて出かける前に寄っておくれ。ああ、3日に一回くらいでいいから。あんたが来れない日はわたしが魔法を使うから大丈夫さ。

 あくまであんたは、バレた時の保険のようなものだからね。定期的にこの店を訪れていたという事実が大事なのさ。もちろん、毎日魔法を使いに来てくれても構わないよ。大歓迎さ」


「わかりました。最低でも3日に一回は寄らせてもらいます。それに、まだまだ師匠には教わりたいことがたくさんありますし。できれば修行も続けてもらえると嬉しいのですが」


「そうかい。そうさねぇ……なら、あんたが魔法で氷を生み出してくれた日を修行の日とすることにしようかね。氷を生み出してくれた対価として、修行をつけてやることにしようか。どうだい? その条件で」


「はい、それで構いません。

 というか、マリーに聞いたのですが、普通は高名な魔導師に修行をつけてもらうにはたくさんのお金を払う必要があると。本来は僕もそれなりの金額を支払う必要があると思いまして。師匠の相場はいくらくらいなものかと?」


「ああ、そんなことかい。いらないよ。幸いわたしにはこの店があるしね。冒険者時代にもたんまりと貯めこんでいるし、あんたに心配してもらうまでもなく、今更お金なんて必要うないのさ。

 それにどうせわたしはもう、そんなに長生きするわけでもないしね。あんたは余計なことを気にしないで、わたしの弟子として、できるだけの技術を受け継ぐことだけを考えてくれればいい。あんたはたぶん、わたしがとる最後の弟子だよ。

 なるんだろ? 『蒼の魔導師』の後継者に」


 『蒼の魔導師』の後継者か。

 自分からそれを望んだわけではないが、それをことあるごとに口にするし、師匠は僕にそれを望んでいるようだ。


 いつも冗談交じりに言われるので本気かどうかを確かめることはできないが、それが師匠に対して恩を返すことに繋がるのだとしたら、本気で目指してみるのもいいかもしれない。


「はい。これからもご指導の程、宜しくお願いします」


「ああ、ビシビシ育ててやるから覚悟するんだね」


「……お手柔らかにお願いします」


 師匠の満面の笑みを見て、ちょっと後悔したのは内緒だ。






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