206.閑話 ケネス~ソーヤと模擬戦を行う②
ソーヤ君は『アクアバレット』が迎撃されたのを見て、驚くことなく次の魔法を発動させたようだ。
お次は何が来るかとわたしは身構えるが、どうやら攻撃ではないらしい。
体の周りに浮かべている水球に水を補給したみたいだ。
そうか、あの水の球は攻撃自体に使うというよりも、魔法を使う為の補助的役割ということか。
面白い考え方をする。
誰かの入れ知恵だろうか。
それこそ、名前を聞いたけれどわたしの知らない彼の師匠とか。
自慢ではないが、それなりに名の売れた魔法使いや魔導師ならばわたしが知らないはずはないと思う。
定期的に何人かの情報屋から最新の情報は仕入れているし、トイトット君のような将来有望な魔法使いだって、名前くらいはチェックしている。
そんなわたしが知らないソーヤ君の師匠とはいったいどんな人物なのだろうか。
是非一度会ってみたい。
まだわたしが待つつもりだとわかたのか、ソーヤ君が動きをみせた。
虚空を右手で掴み、肩に担ぎ上げるような姿勢をとる。
あの動きは……確か女郎蜘蛛との戦闘時に何度か見た魔法だ。
たしか、『アクアブーメラン』だったか?
聞いたことのない魔法だ。
でも、アレを使ってくるだろうことは、ちゃんと予測していたので焦ることはない。
ただ、あの魔法はやっかいだ。
風属性の魔法のように視認するのが難しい。
こちらを見て大きく息を吸い込んだようだ。
来るか……たぶん、投擲のように投げるのだろうが大丈夫……対策は考えてある。
フレイムウェーブで迎撃すればいい。
残念だね、ソーヤ君。
初見であれば、さすがにわたしも対処できなかったかもしれないが。
自然と口元に浮かぶ笑みを噛み殺していると、わたしは唖然とさせられる。
えっ、どうして!?
ソーヤ君がわたしに向けてではなく、体ごと左に向き直り、自分の真横に向けて魔法を放った。
何故こちらに向けて魔法を撃たないのだ?
予想外の動きに軽くパニックになるが、ふと思い出す。
そうか……確か女郎蜘蛛との戦闘中に見た時、水の刃のようなものは不思議な軌道をとっていた。
まるで弧を描くように移動し、女郎蜘蛛を横から切り裂いていたような。
やはり、あの魔法はソーヤ君のオリジナルなのだろう。
『アクアカッター』とは違って、真っ直ぐに飛んでこないのか。
もしくは、魔法を放った後に、自由に動きをコントロールできるのかもしれない。
そうであれば、かなりマズイ。
わたしにはあの魔法が見えない。
水の刃がどこから飛んでくるのかわからないのだ。
いや、唯一の対処法とすれば、ソーヤ君の視線を追えばいい。
彼には見えているようだし、今も目で追っているようだ。
自分の魔法は気になるはずだし、さすがに投げっぱなしにはしないだろう。
そうなると、準備していた魔法でマズイかもしれない。
予め魔言を紡いで待機させておいた『フレイムウェーブ』をキャンセルし、違う魔法に切り替える。
わたしは必死に目を凝らして集中し、ソーヤ君を見つめる。
まだか。
まだ来ないのか。
どこからくる?
まさか背後からか?
振り向こうとしたわたしを見て、ソーヤ君の顔に焦りの表情が浮かんだ。
後ろではない?
やはり横か?
ダメだ。
仕方ない!
杖をグルリと振り、用意しておいた魔法を発動する。
『フレイムウォール!』
わたしを中心として円周上に炎の壁が噴き上がり、ジューッと水が蒸発する音がした。
危ない危ない。
タイミング的にはギリギリだったかもしれないが、魔力を多めに注ぎ込んでいたおかげで炎の壁を突破されることもなかった。
とっさに迷ったが、周りを取り囲んで正解だった。
結局、どこから水の刃が飛んできたかはわからずじまいだったし。
それに、一瞬だけどソーヤ君から目を離すことになってしまったが大丈夫だろう。
ソーヤ君の水属性魔法では、この炎の壁を突破することはできないはずだ。
炎の壁が消えるまであと30秒程。
ソーヤ君はそれを待って次の行動に移るとは思いますが……。
一息つかせてもらうとしますか。
なんて気を抜いた瞬間、
ぐっ!?
何かが腰の辺りにぶつかり、衝撃を受けた。
目の前の炎が、何かに通り抜けられたかのように薄くなり、揺らいでいる。
今のはなんですか?
何かが飛んできた?
でも、わたしの足元には何も落ちていない。
幸いなことに、ダメージ自体はほぼない。
多少後ろに態勢を崩したくらいだ。
なんだ?
なんなんだ?
彼の魔法なのか?
いや、でも。
水の蒸発する音は聴こえなかったし、水がこの炎を抜けてくるはずはない。
だとしたら……考え込むわたしのあ頭の中で、ナニカが逃げろと叫ぶ。
ここにいたら危ない!
理性ではなく本能がわたしに命令する。
これは≪危険察知≫スキル!?
わたしは燃え盛る炎の壁に向かって、瞬時に体に投げ出した。
地面を勢いよく転がり、片膝をついて止めていた息を吐く。
とっさにローブのフードを被り体を丸めたのがよかったのかもしれない。
それなりに高ランクの魔物の素材と大金をつぎ込んだローブは炎が燃え移ることもなく、わたしの体を守ってくれた。
ただ、取得したばかりのスキルに慣れていなかったのが悪かったのか、はたまた取得していたからこそこの程度で済んだと考えるべきなのか、逃げ遅れたわたしの腹部が重い痛みを発している。
あと数秒でも動くのが遅ければ直撃だっただろう。
左脇だけで済んだのを喜ぶべきだ。
あとは、ローブの性能に感謝しよう。
それにしても脇腹が痛い。
右手で触れてみたが血は出ていないようだが、骨にヒビくらいは入っているかもしれない。
脂汗が滲む視界でソーヤ君を見るが、何故だか彼も座り込んでいる。
よくわからないが、彼の性格を考えれば、立っていたとしても追撃はしてこないだろう。
腰のポーチから中級回復薬を取り出し、一息で飲み干した。
相変わらず不味い。
だが、仕方ない。
この痛みでは集中できないし、模擬戦を続けることだってできないだろう。
数秒で痛みがひいてきた。
わたしはゆっくりと立ち上がり、
「さぁ、ソーヤ君、続けましょう!」
と叫んだのだが、彼はその言葉を聞いてゴロンと横になり、右手を上げて白い布を振っている。
えっ?
わたしの勝なのですか??
お読みいただきありがとうございます。




