203.美容師~ケネスと模擬戦を行う②
距離を開けて対峙する僕らに、しばし観戦組からの騒ぎがなくなる。
マリーが離れたことで模擬戦の開始を感じ取ったのだろう。
彼らの視線が集まってくるのがわかる。
ケネスさんは先手を僕に譲るつもりなのか、まだ魔言を紡ぐ様子はない。
魔導師として格下の魔法使いを相手する余裕の表れなのか、はたまた僕の動向を探っているのかそれはわからないが、動かないのであればこちらから動くしかない。
剣を持っての戦闘であればすぐさま距離を詰めるのだが、今回は魔法を使用してのみの模擬戦だ。
師匠との作戦通り、まずは下がろう。
そう、僕だってこの模擬戦に対して無策で挑んでいるわけではない。
その為に師匠と模擬戦モドキの練習を繰り返してきたし、昨日はケネスさん対策に二人で頭を悩ませたりもしている。
ケネスさんが動かないこの状況は、師匠が予測した一番の選ばれる可能性の高いものだったりする。
それに対して対応を決めている僕にも好都合ということだ。
まずは僕の得意属性でもある水をこの場に呼び出すことにする。
そばに川や湖でもあればその必要はないのだが、周りに水があるかどうかで些細な差だが、魔法の発動速度や使い勝手がかわったりするのだ。
『大気に宿るマナよ、我が呼び声に答え、清き水を生み出せ。クリエイトウォーター』
次にこれ。
『大気に宿るマナよ、我が呼び声に答え、意のままに水を動かせ』
生み出した水を拳大5個の球状に形成し、僕を中心にして衛星のように周りを漂わせる。
これでこちらの準備は完了。
ケネスさんは面白いものを見るかのように、笑みを浮かべてただ立ってるだけ。
ならば攻撃開始といこうじゃないか。
『大気に宿るマナよ、我が呼び声に答え、礫となりて敵を撃て。アクアバレット』
漂う5つの水を利用して、5つの水の礫を一斉に撃ち出した。
けれどそれはケネスさんの予想通りだったようで、すばやく魔言を紡がれて対応を取られてしまう。
杖の先から飛び出た炎の礫が迎撃するように宙を走り、水の礫を蒸発させていく。
まぁ、こうなるよね。
これはこちらも予測していたので問題ない。
ケネスさんは杖を下ろし、それで? というように視線で次を促してくる。
向こうの作戦は完全に待ちのようだ。
攻撃されないので怪我をする心配はないのだが、これはこれで困ってしまう。
というのも、僕のレベルが上がらないので魔力量、つまりMPが少ないということだ。
それを補う為に考えたのが、予め水を周りに配置することで魔法に使用するMPを減らすという作戦だった。
通常、僕が『アクアバレット』1発に使用するMPは2なので、先程撃ち出した『アクアバレット』5発では10使うことになる。
ただそれを予め周りに浮かべておいた水を使用することで、半分の1にすることができている。
師匠から伝授された省エネ作戦なのだ。
それでも水を生み出す『クリエイトウォーター』で1、球状にして体の周りを漂わせる魔法で1。
つまりMP2を事前に使用しているので、MP7を消費したことになり、『アクアバレット』5発で減ってしまった水を補充するのに、またMP1を消費することになる。
よって、僕の残りMPは22しかない。
余計なMPを使う余裕はないな。
僕はため息まじりに、次の魔言を紡ぐ。
『大気に宿るマナよ、我が呼び声に答え、刃となりて敵を撃て。アクアブーメラン』
不可視の水のブーメランを生み出し、右手で握る。
≪調色≫で持ち手を紫色にし、肩に担いだ態勢で準備する。
離れた場所にいるケネスさんには、僕の持つ水の刃は視認できないのだろう。
だが、僕は何度かこの魔法を見られている。
この動作だけで、僕が何をしているのかを理解したのだと思う。
杖の先端をこちらに向けて、口を動かしている。
ケネスさんも準備が整ったのか、来い、というように挑発的に杖を自分に向けて揺らした。
お望み通り、行かせてもらいましょう。
僕は体を捻り水の刃を投げ放った。
ケネスさんが戸惑ったように目を見張る。
それもそうだろう。
自分に向けて投げてくると思っていたはずの水の刃を、僕がほぼ真横に向けて投げ放ったのだから。
師匠であればすぐさま対応を取れるのだろう。
彼女は僕のこの魔法、『アクアブーメラン』の特性を知り尽くしている。
だからこの後どうなるのかも、容易に予想がつくはずだ。
ケネスさんは僕が右腕を振り下ろした方向を一瞬目で追ったが、そうなると僕から目を離すことになるので躊躇いが生じたみたい。
すばやく2方向を交互に見ることで、なんとか対応を取ろうとしている。
≪観察≫と≪集中≫を発動している僕には見えるのだが、ケネスさんには無理なようだ。
僕が投げた『アクアブーメラン』は綺麗な弧を描き、ケネスさんに横から接近中。
このままでは危ない。
僕の目の動きを見て悟ったのか、ケネスさんが躊躇いながらも僕から視線をきり、体ごと真横に向き直った。
そして、発動を待機していた魔法を放った。
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