202.美容師~ケネスと模擬戦を行う①
師匠との厳しい修行の毎日が続き、いよいよ今日はケネスさんとの模擬戦の日。
グラリスさんから新しい防具を受け取りその場で着替え、付き添いのマリーと共に約束の場所に向けて移動中だ。
ちなみにチビはマリーの腕の中で眠っている。
というか、こいつはミルクを飲む時以外は常に寝ている。
師匠が言うにはそれだけ体力が落ちていて、なるべく動かずに眠ることで体を回復させようとしているのではないか、とのこと。
チビの正体に関してはいまだ不明のままで、ミルクを飲む時でさえ瞼を開けることはないので誰も瞳の色を確認することができず、僕の証言が信じられる形で魔物ではないだろう、と迫害を受けてはいない状態。
とは言っても、目も開けず、歩けもしない現状で危険等あるわけもないので、しばらくは棚上げとなるだろう。
一度眠っている時に無理やりに瞼を押し上げて瞳の色を皆に見せようとしたのだが、何故か瞼を開けさせることができず、これには師匠も首を傾げていた。
なので僕以外にはまだチビの瞳を見た人はいなかったりする。
早く瞳の色を御披露目して、僕を安心させてほしい。
「ソーヤさん、大丈夫ですか? やっぱり、緊張していますか?」
無言で歩いている僕を緊張のせいと思ったのだろう。
気づかうようにマリーが話しかけてくる。
「うーん、緊張はしているかな。でも、あくまで模擬戦だから。別に負けても死ぬわけじゃないし。そうだよね?」
「はい、冒険者ギルドの規則では模擬戦を行うことは認められていますが、相手を殺すことは禁止されています。今回はケネスさんが相手ですし、そのあたりは心配する必要はないかと。
ただ、あの人の例の悪い癖が出たら……いざという時には、シドさんやランドールさんが止めてくれるとは思いますが。中級回復薬はケネスさんの方で準備してくれているらしいので、ソーヤさんも、大怪我だけはしないように気をつけてくださいね」
中級回復薬は師匠からも念の為にと3本受け取っている。
ある程度の火傷くらいは瞬時に再生できるみたいなので、ちょっと安心だ。
それでも中級魔法の直撃をモロに喰らえば命の危険はゼロではない。
なんせ回復魔法で一瞬にして元通りとはいかない世界なのだから。
模擬戦の場所に選ばれたのはニムル平原の一角。
周りに燃え移ることもないし、ケネスさんが全力を出せる舞台を用意したのだろう。
ガヤガヤと賑やかな声が聴こえて、『狼の遠吠え』と『千の槍』の皆が集まっているのを見つけた。
地面に座り込んで楽しそうに酒盛りをしているのは、お祭り気分なのだろう。
あの人達は人の模擬戦だと思って、自由すぎるのではないか。
ケネスさんは離れた場所に一人だけ立ち、杖を片手に集中しているようだ。
あそこで一緒になって騒いでいてくれればいいのに。
ケネスさんの模擬戦に向ける本気さが僕にも伝わってきて、今更ながら緊張感が高まってくる。
「来ましたか。約束をすっぽかされなくて、まずは一安心というところですね」
「当たり前です。ちなみに時間にも遅れていません」
ケネスさんの軽口に、マリーがムキになって言い返す。
「そうですね。約束の時間よりだいぶ早く来てくれたようで、嬉しいですよ。ちなみにわたしは、待ちきれなくて1刻以上前から、ここに立って待っていましたけどね」
ほんとかな?
マリーと二人で顔を見合わせたが、ケネスさんの笑顔を見る限り、たぶん真実なのだろう、と納得する。
「では、約束の時間よりも早いですが、わたしとソーヤ君が揃ったことですし、さっそく始めましょうか?」
「ええ、いいですよ。僕も早く始めて早く終わらせたいですから」
「おや、それは早く終わらせる自信がある。つまり、時間をかけることなくわたしを倒す自信があるということですか?
まさか、実力を隠してわざと簡単に負けるつもりではないですよね?」
細めた目で射抜くように視線を飛ばしてくるので、
「それでケネスさんが納得してくれるのなら僕はかまわないのですが、そうなったらどうせ、『もう一回!』って言いますよね?」
「そんなことをしたら、もう一回どころか、わたしが『もういい』と言うまで模擬戦をしてもらいますからね」
「そんな面倒なことになるくらいなら、一回で終わらせる方を僕は選びますよ。それに……僕だって自分の実力を試すいい機会なんですから」
微笑みを浮かべて言い切り、マリーに離れるように目で訴える。
「怪我だけは気をつけてくださいね」
小声で呟いて、マリーは手招きしている宴会組の元へ小走りで向かった。
「さて、準備はいいですか? 正々堂々、お互いの全力をもってして模擬戦を行いましょう」
ケネスさんが握手を求めて近づいてきたので、右手を差し出し軽く握りあう。
「防具は、ちゃんと装備していますね。おや? 杖はどうしたんですか? それに、腰に剣がないようですが」
「杖は必要なくなりました。いえ、別に出し惜しみとかケネスさんを侮っているわけではないですよ。代わりにこれを用意しましたので」
訝しむケネスさんに左手を差し出し、中指に光るリングを見せた。
「ほぉ、指輪型の発動具ですか。そうですね、ソーヤ君は剣を持ちながら魔法を使う、云わば魔法剣士のような戦い方をするわけですし、確かに常時杖を持っていては邪魔になりますよね。それで指輪型ということですか」
杖がないことに絡まれるかと警戒していたが、こちらが用意していた言い訳をするまでもなく、勝手に一人で納得してくれた。
「でも、それならどうして剣を持っていないんですか? もしかして、新しい武器が間に合わなかったとか? ……わたしとしては不本意ですが、日程をずらしても構いませんよ」
本当に心底嫌そうな顔で、武器が出来上がるのを待つとケネスさんは言ってはくれたのだが、それには及ばない。
「いえ、新しい剣はもうできていますよ。まだ調整が済んでいないのでグラリスさんの店に置いてありますが、今日は必要ありませんのでこのままやりましょう」
「それは……わたし相手では剣は必要ないということですか?」
剣呑な瞳を僕に向けるケネスさんに、僕は怯むことなく告げる。
「ケネスさん、僕の職業をお忘れですか?
僕の今の職業は『魔法使い』です。そしてあなたの職業は『魔導師』ですよね。ならば、そこに剣は必要ないでしょう。僕は純粋な魔法の勝負をあなたに望みます」
その瞬間、ケネスさんの纏う雰囲気が変わった。
いつも浮かべている優しい表情は消え、ギラギラと野獣のような目で嬉しそうに笑う。
「言ってくれるじゃないですか……いいでしょう。余計なおしゃべりはもう必要ないですね。始めましょう」
背中を向けて10歩分ケネスさんはゆっくりと歩き、振り返って杖を構えた。
そして、僕とケネスさんの模擬戦が開始される。




