200.美容師~師匠に黒い子を見せる
祝、200話
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
今日は魔法の修行があるのでチビを連れて師匠の店に向かう。
模擬戦まで残り4日間しかないので、僕よりもやる気に漲っている師匠に2日連続で休むとは言えないし、僕としてもできるだけのことはやっておきたいので、休むという選択肢はないのだ。
チビは温めたミルクを飲ませたらまた眠ってしまったので、そのまま宿を出て腕に抱きかかえて移動していたのだが、なんだか周りの人の視線がこちらに集まってくるような。
大事そうに真っ黒な物体を抱えているので気になるのだろう。
じろじろと見られているわけではないのだが、チラチラと視線を感じて、包む布でも持ってくるんだったと軽く後悔した。
帰りに師匠の店で何か見繕ってもらえばいいか。
それまでは我慢だと自分に言い聞かせ、歩くスピードを1段階あげた。
「おはよう、ソーヤ。それ、昨日のヤツかい?」
店番に立っていたリンダさんが、僕を見つけて声をかけてきた。
「ええ、昨日はお騒がせしてすみませんでした」
「いいんだよ、そんなこと。あたしもなんの役にもたてなくて、ちょっと気になっていたからね。それで、元気になったのかい?」
「おかげ様でなんとか生きてます。ついさっきもミルクを飲んで、ぐっすり眠ってますよ。ほら、この通り」
腕の中のチビを持ち上げて見せようとしたのだが、
「ほらって言われても、あたしには黒い毛の塊にしか見えないね」
苦笑いで返されてしまった。
「ちょっと待ってください。今、顔の周りの毛をどかしますから」
片手に持ち替えて長い毛をどかそうとするが、
「ああ、いいよいいよ。せっかく気持ちよく寝ているのならそのままにしておきな。あとで起きたら見せてもらうから」
ですよね。
僕は曖昧な笑顔を浮かべて頷き、師匠の元へと進む。
「おはよう、ソーヤ。リンダに聞いたよ。昨日は悪かったねぇ」
部屋に入るなり師匠に謝られてしまった。
「いえ、約束もなく僕が勝手に来ただけですから、謝罪の必要はありませんよ。むしろ僕の方こそ申し訳ありません」
「変な気を使うでないよ。弟子が師匠の元に訪れるのに約束なんて必要ないさ。
それで、その黒いのがリンダが言っていたヤツなのかい? どれ、見せてみな。おお、本当に黒い毛の塊だねぇ。手触りは……ゴワゴワしているけど、これは単純に土と誇りで汚れているだけかねぇ。それにしても、どこが顔だかわかりゃしない」
一応、シーツが汚れると思い、軽く布で拭きはしたのだが、全体的にまだ汚れている。
朝起きていてくれれば、一緒にお風呂に入って洗ってやろうと思っていたのだが、ミルクを飲むなりすぐに眠ってしまったので諦めたのだ。
部屋に一人残していくのも不安だったので、今朝は僕までお風呂に入り損ねてしまった。
お湯で体を拭くことはしたのだが、やはり湯船に浸からないとサッパリ感がない。
「よく寝ている……まだ体が本調子じゃないんだろうねぇ。
この肉のつき方からすると、ろくに乳を貰ってなかったのか、栄養が全然たりていないのは確かだろうさ。もしかすると、生まれてまだそんなに日は経っていないかもしれないね」
うん、たぶん、ほとんど授乳はしてもらっていないかもしれない。
近づく度に弾き飛ばされていたのだが、生まれた直後くらいは乳を貰えたのだろうか。
いったい、いつから育児放棄されていたのだろう。
「それで、ソーヤ。大事なことだが、目は赤くなかったんだね?」
「はい、後で起きたら見てもらいますが、この子の目は紫色でした。赤くはありません」
「なら大丈夫だろうさ。魔核結晶を持つ魔物の目は赤い。これはほぼ絶対だからね」
安心したように師匠が言う。
例え生まれたての子供であっても、魔物であれば殺さなくてはいけない。
これは昨夜シェミファさんからも言われていた。
魔物とはそういうものだと。
人と魔物は決して共存できないのだと。
どうしてもそれを守れないのであれば、街の中に住むことはおろか、入ることもできない。
世捨て人のように、人の立ち入らない山奥で暮らすしかないのだ。
「それで、師匠でもこの子がなんな のかはわかりませんか? 冒険者ギルドでも聞いてみたんですが、わからないと言われまして」
「そうさねぇ……上手く説明できないが、何か変な感じがするのは確かなんだけど……目が赤くないのなら普通種の生き物なんだろうさ。
この毛の色といい目の色といい聞いたことはないねぇ。顔の周りの長毛だけで言えば、普通種の獅子のように思えるんだが」
「それは冒険者ギルドの受付嬢のシェミファさんにも同じように言われました。ただ獅子の場合、顔の周りに長い毛が生えるのは大人になってからのようで、子供の時には普通は生えないものだと」
「その通りだね。だから獅子に似ているが獅子ではないように思える。まぁ、もう少し大きくなれば違う特徴が出てくるかもしれないし、待っていればそのうちにわかるんじゃないかい?」
「ですね。ちなみに師匠、この子の面倒とか見ませんか?」
「なんだいなんだい? あんたが見つけて拾ってきたんだろう? なら最後まで責任をもって育ててやりな。他人に押し付けようなんて考えが甘いよ! それにわたしはこの足だし、駆けまわる小さな生き物を追いかけるのは無理だよ」
ですよね。
最後の頼みの綱だったのだが、無情にも断られてしまった。
しかも説教まで付けられてしまったし。
「さて、まだまだ起きそうにないし、その子はここに寝かせておきな。わたし達は魔法の修行を始めるよ。ソーヤ、いつものを取ってきておくれ」




