20.美容師~キノコについて語らされる
冒険者ギルドの裏に引きずられた僕はマリーから聞き取りというか、詰問を受けていた。
顔は笑みを浮かべているのに、時折口元がピクピク動くのが怖い。
前に勤めていた美容室の受付嬢は、優しかったなぁ。
『ソーヤさん、お疲れ様です。今日は指名が多くて大変でしたね。お昼も食べてないんじゃないですか? 片付けはわたしがしますから、ご飯食べちゃってください』
記憶を呼び起こして癒されていると、
「ソーヤ様! 聞いてますか!」
マリーが僕の頬を両手で挟むようにつかんで、自分を見るように動かす。
「聞いてるよ、聞いてるけど……」
「聞いてるけど、なんですか?」
「……マリーが怖い」
正直に答えると、マリーははっとしたように口元を手で押さえ、
「こっ、怖くないですよー、大丈夫ですよー」
猫撫で声で、微笑みを浮かべた。
目だ、目が怖いんだ。
レベル2に上がったはずの恐怖耐性が、まるで仕事をしていない。
「もうっ、ふざけるのはここまでにして、真剣に聞いてください」
「聞くよ、聞くけどさぁ……答えられるかわかんないよ」
「だって、私の身にもなってくださいよ。
ノインを一度に12本もギルドに納めたら、絶対ギルマスからいろいろ聞かれるんですからね! ただでさえ、もう今月は何本も納めていて、誤魔化すのがどんなに大変だったか」
大変だったらしい……知らなくてごめん。
「で、いいですか? ソーヤ様には協力する義務があるんですからね。大人しく説明してください」
とはいってもなぁ……このままだと帰してもらえそうもないので、話しはじめる。
「森に行ったら猪みたいな動物がいてね」
「猪みたいな? 魔物じゃなければ猪だと思いますよ」
「猪であってるんだ。それでね、猪が木の根元に生えている草を食べてたんだけど――」
「ソーヤ様……真面目にお願いします」
眉を眉間に寄せて僕を見るので、
「真面目だよ、いたって真面目。続きを聞いたらわかるから」
「ふざけていたらヒドイですからね」
これ以上、酷いことってなんだろう。
「でね、猪が草を食べていなくなったら、そこにキノコがありました」
マリーの目が一瞬で鋭くなり、拳を握ったのがわかった。
だから、慌てて先を続けた。
「たぶん、ノインは草が生い茂っている所にあって、普段は隠れて見えないけど、猪なんかが草を食べ尽くすと、偶然見つかるんじゃないかな?
たまたま僕はその現場に居合わせたんだと思う」
マリーの腕から力が抜けた。
何故それがわかったのか……殴られそうになったので、腕を掴んで止めたからさ。
スキル《観察》が役に立った。
「ちょっと待ってください。ということはですよ? ソーヤ様は猪の後をついてまわって、猪が草を食べた跡を探したらノインを見つけたということですか?」
そうではないが、そういうことにした方が良さそうだ。
「そんな感じかな。猪が食べない草の根元にはキノコは無かったし、よくわからないけど、猪はノインのそばに生えている草が好きとか?」
嘘だけど、こうでも言わないと、本当にキノコ取り名人にさせられそうだ。
「すごい、すごいことですよ、これは。今まで誰もそんなことに気がつきませんでした。大発見ですよ!」
興奮して手を振り回すので、僕に当たって痛い。
「すぐにギルマスに報告してきます!」
走り出そうとしたのを、
「ちょっと待って!」
引き止めた。
勢いがついていたのですぐに止まれず、数歩進んでマリーが振り返った。
「それは困るというか……その、わかるでしょ?」
苦笑気味に告げると、
「確かに……マズイかもしれませんね」
マリーも、その場で腕を組んで考え込んだ。
思い留まってくれたみたいでよかった。
キノコ取り名人の未来は回避できたようだ。
マリーは一人でブツブツと呟いていたが、急にキリッとした顔で僕を見た。
「わかりました。ソーヤ様のキノコの秘密はわたしがなんとかします。
確かに普通に話してしまうと、みんながノインを取りにいくので、ソーヤ様の稼ぎが減りますね。それは死活問題ですよね」
うんうん、と頷き、
「わたしに任せてください! 上手く話をつけてみせますから」
凄い勢いで走り去っていった。
……なんか、面倒だから、もういいや。
おかげで、スキルのことは聞かれずにすんだし。
タバコを一本出して咥え、裏道を煙を燻らせながら宿に帰ることにした。
宿に着くと、女将さんに5日分の代金を前払いで渡した。
荷物が置きっぱなしなので、同じ部屋をキープしたほうが便利だし。
残金は3560リム。
無くなったと思ったら、また増えた。
ノイン様様だ。
明日もビッグワームの討伐を受けて、ワタアメ作りを楽しもうか、それとも違う依頼を受けようか、悩みながら眠りに付いた。
この世界に来て4日目の朝。
木の板に布をひいただけの硬いベッドと、見慣れなかった天井にも慣れてきた。
我ながら順応力を褒めてあげたいものだ。
パンとスープだけの代わり映えのしない朝食を女将さんに用意してもらい、井戸で頭を洗って身体を拭いた。
この世界には石鹸等は無く、もちろんシャンプーも無いので毎度のことながらさっぱりしない。
石鹸の変わりに使われている植物は濡らすとヌメリを出して汚れは落とすのだが、泡が立たないと洗っている気がしないんだ。
ここより大きな街に行けば、もっと品質のいい石鹸モドキがあるらしいのだけど、今はこれで我慢するしかない。
近い内にはシャンプーモドキの開発でもしてみようか。
専門学校の授業で習った知識を呼び起こして材料を頭の中で思い浮かべ、布で濡れた髪の毛を拭いて服を着た。
程よく湿り気をおびた布で、ついでに革当て一式の汚れを拭う。
お金も手に入ったことだし、防具を追加したほうがいいのか、遠距離攻撃の武器を購入したほうがいいのか……。
とりあえず今日も、ギルドに行って依頼を受けることにした。
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