195.美容師~謎の生物を発見する
「それで? いったい僕になんの用なんだい?」
問いかけてみるが、その答えは行動であらわされた。
突っ立っている僕に姿勢を低くしろとでも言うかのように、狼達が下に下にと袖口を噛んで引っ張るので、その場にしゃがみこんだ。
草むらの影に隠れるような恰好になり、狼達三匹が揃って顔を向ける視線の先を辿ると、10メートルくらい離れた場所に3匹の生き物がいるのを発見。
体長1メートル70センチくらいの大人と20~30センチくらいの小さな子供が2匹いて、ヨタヨタと親の側を歩いている。
魔物?
いや……目が赤くない。
なら野生の動物なのかな?
黄色の混じった茶色い毛並みに青色の目、あれは……豹か?
狼がいるのだから豹がいてもおかしくはないはずだけど、この世界特有の動物かもしれない。
狼親子は僕にこれを見せたかったのか?
回答をくれるはずの3匹は、僕の左右に陣取って、じっとしたまま動かない。
疑問に思うが、きっとそうなのだろうとひとり納得することにした。
それにしても、動物の小さな子供はかわいい。
見ているだけで癒される。
あっ、授乳している。
ということはあの親は母親か。
思わず近くに行って触りたい衝動に駆られるが、間違いなく警戒されて逃げられてしまうだろう。
せっかくの憩いの場を邪魔するのはよくない。
せめてここから眺めるだけで我慢するとしよう。
中腰の態勢は疲れるので、ペタンと地面に腰を下ろして、草の間からしばらく眺める。
すると、視界の中に異質な物があるのに気がついた。
薄汚れた20センチくらいの、平べったい真っ黒な物体だ。
それは豹親子のそばにいて、少しずつ地面を這いずるように移動している。
魔物の類であの親子を狙っているのか?
だとしたら、助ける為にも排除しなくては。
腰から短剣を抜きだし、≪投擲≫スキルで狙おうとしていると、狼達が邪魔をするように右腕をに噛みついてきた。
「こらっ、邪魔しないでくれ! 早くしないとあの子達が危ないんだよ!」
黒い物体は、そのスピードはゆっくりとだが徐々に彼女達に向かって近づいていく。
最初は小声で注意していたが、こうなったら大声を出してあの子達を逃がしてしまった方が早いかもしれない。
そう思い大声を出そうと息を吸い込んだのだが……僕が口を開くよりも早く、豹の母親がすばやく動き、前足で黒い塊を弾き飛ばした。
なんだ、気がついていたのか。
安心しつつも、あんなに簡単に排除されるなんて弱い魔物なのかな?
それとも僕が勝手に決めつけていただけで、魔物ではないのかもしれない。
豹の母親は自分が排除した黒い塊には見向きもせずに、子供達に授乳を続けている。
僕はそれを見守りながら、狼達が放してくれた右手に握る短剣を腰に戻し、飛ばされていった黒い塊に目を向けた。
黒い塊は地面を転がるように土埃を巻き上げ、5メートル程こちら側に飛ばされて動かなくなっていた。
さっきよりも近くにいるので、≪視覚拡張≫と≪集中≫、≪観察≫も使ってその物体がなんなのか調べてみた。
すると、黒と茶の斑な中から、小さな紫色が2つ僕のことを見つめているのに気がついた。
その紫はしばらく僕を見ていたが、また豹親子に向けて移動を開始した。
その動きは先程よりももっとゆっくりで、注意して見ていないと動いているのがわからないくらいのスピードだ。
いったい、あの物体はなんなのだろうか?
狼達に目を向けると、彼らは豹の親子ではなく、離れていく黒い物体を見ているのに気がついた。
こいつら、もしかして僕にコレを見せたかったのか?
でも、どうして?
狼達が言葉を話せればその理由を聞くこともできるのだが、そうもいかないので僕の方で想像して察するしかない。
なんとも歯痒いけれど、それしかないのだからがんばろう。
もしくはこの疑問をきれいさっぱり捨て去り、この場から回れ右をして立ち去ればいい。
けれど、それはもはや叶わないだろう。
だって僕にはアレがある。
今となればメリットともデメリットとも呼べる、アレが。
【気になります!】
ほら、きた。
わかっているよ。
言われなくても、僕だって気になっている。
知りたい。
知らずにはいられない。
あの黒い物体はなんなのか?
何故、一心不乱に豹の親子を目指して進むのか。
その答えは、二度目の豹の母親の攻撃が僕に教えてくれた。
いや、彼女にとっては攻撃と呼ぶ程のものではないのだろう。
ただ目障りな物が近づいてきたから排除しただけ。
その右手の一振りで振り払っただけなのだろう。
でも煩わしい気持ちはあるのかもしれない。
さっきよりも力強く振られた右手は、その勢いを正確に伝え、黒い物体を弾き飛ばした。
黒い塊は地面すれすれを勢いよく飛び、僕達が隠れている草むらにまで転がってきた。
そして、力無く仰向けに横たわったのだ。
ソレは両手と両足があり、顔を長い毛で覆われた生き物だった。
生き物の子供だった。
土と埃で汚れて固まっている毛の隙間から覗いた顔は、離れた場所にいる2匹の子供とよく似ているように思えた。
少なくとも僕には、ガリガリに痩せた、豹の子供のように見えた。
それを裏付けるように、じっと見つめる僕に、≪観察≫が教えてくれた。
どれだけの間、乳を貰っていないのだろう。
手も足もやせ細っていて本来はそれを覆う肉はなく、骨に皮膚がくっついているだけ。
お腹は呼吸に合わせてゆっくりと上下しているが、その動きは弱々しい。
目は……空を見上げる目は虚でぼんやりとしか見えていないのかもしれない。
さっきは僕を見ているのかと思っていたが、僕の姿なんてうつっていなかったのかもしれない。
明らかに栄養が足りない。
生きているのが不思議なくらいに衰弱している。
どうしてこんなことに。
どうして、どうしてか。
きっとこの子は突然変異種なのだろう。
アソコにいる二匹の子供とは見た目が違いすぎる。
だからなのか、あの豹の母親は自分の子供だと認めていないのかもしれない。
育児放棄と呼べばいいのかどうかはわからない。
けれど、育てるつもりはないのだろう。
自分の子供だとは認めていないのだろう。
だからこそ、近づいてくればその手を振り上げて排除しているのだ。
それを責めることですめばどんなに楽か。
この子も君の子供なんだよ。
その二匹と同じように育てるんだよ。
そう諭してわかってもらえればいいのだが、そんなことは無理に決まっている。
いつのまにか隠れるのも忘れて立ち上がっていた。
黒い塊、いや、豹の子供の近くに移動して、知らず知らずのうちに手を伸ばしていた。
豹の母親は僕の存在に気がつくと、二匹の子供を口にくわえて去っていった。
その際、当然のように残されたこの子に目を向けることもなく。
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