194.美容師~子狼と遊ぶ
冒険者ギルドに着くと、マリーはお休みのようで、受付に立っていたのは見たことがない女の子だった。
くすんだ茶色い髪の毛を持つ、若くてかわいらしい子だ。
緊張しているのか何度も言葉をかんでいるとシェミファさんが近づいてきて、
「昨日から入った新人なの。ソーヤさん、何かあったらよろしくね」
と笑顔で言い残していった。
その子も、「よろしくお願いします!」と慌てて頭を下げてきたので、「こちらこそよろしく」と返しておいた。
なんだかこちらにまで緊張が移ってしまいやりにくくて、簡単な薬草採取の依頼を受けて早々にお暇した。
久しぶりのニムルの森をのんびりと歩く。
これまた久しぶりに発見したキノコを採取しつつ、≪気配察知≫で魔物の類が近くにいないことを確認し、目的の泉に到着。
辺りを見回してみるが、狼家族はいないようだ。
考えてみれば彼らだって毎日ここにいるわけもなく、どこかで狩りをしているか、もしくは天気がいいので3匹で寄り合って休んでいるのかもしれない。
ほんの少しの落胆を胸に収めつつ、腰を下ろしてそのまま後ろに寝転がった。
木々や葉の隙間から差し込んでくる光が眩しくて、日陰を探してコロコロと横に転がる。
何回転目かでちょうど良い場所を発見したので、再度≪気配察知≫を≪集中≫でブーストし、安全を確認できたので目を閉じた。
一応短剣は腰から外して、鞘はつけたまま右手に握っておく。
何かあった時にとっさに対処できる準備だけはしておかなくては。
だんだんと眠気が押し寄せてきたので、≪気配察知≫と≪聴覚拡張≫を意識してオンの状態のまま、微睡を楽しんでいた。
すると、頭の方向から小さな生き物が近づいてくるのを【気になります】が知らせてくれた。
なんだろう?
新しく覚えたスキルの≪危険察知≫が反応していないところをみると、魔物の類ではなさそうだけど、その気配は真っ直ぐにこちらに向かってきているようだ。
仰向けから俯せに切り替えて頬づえをつき、近づいてくる生き物を待ち構えていた。
ガサガサと、草を揺らす音をさせ、黒い鼻が緑を突き破って顔をのぞかせた。
ああ、やっぱり君か。
見覚えのある子狼がぴょんっと飛び出して来て、僕をめがけて駆け寄ってきた。
近くに感じる気配はこの子の1つだけ。
ということは、両親とは別行動ということか。
以前は同じ状況で、両親の危険を知らせに来たのだったが、今日は問題なさそうだ。
怪我もなさそうだし、焦った様子もない。
僕の周りをぴょこぴょこと飛び跳ね、時折背中に飛び乗っては小さな足で踏み踏みしてくれる。
マッサージとしては力加減が足りないけれど、その行為自体に癒される。
どうやら風に乗った僕の匂いでも嗅ぎ取って、遊びに来てくれたようだ。
それを止めない両親は、ずいぶんと僕のことを信用してくれているらしい。
嬉しいやら戸惑うやら、複雑な心境だけど、ここはその信頼に答える為にも魔物が現れた時は守ってやることにしよう。
はしゃいでいる子狼に手を伸ばすと、軽く前足でタッチしてきたので捕まえてやろうと思ったのだが、それを野生の感覚で察知したのか捕まる前に急いで逃げていった。
む、すばやいな。
ここは待つ作戦で行くか。
僕は俯せのまま眠った振りをしようと、顔を伏せて≪気配察知≫で近づいてくるのを待ち構えた。
様子をうかがっていた子狼が、そろりそろりと近づいてきて、僕の頭をタシタシと前足で叩く。
今だ! とばかりに両手でがばっと捕まえると、腕の中でじたばたともがき、腕に甘噛みしてきた。
子狼も僕が本気ではなく遊んでいるのは理解してくれているらしい。
そのまま二人でゴロゴロと草の上を転がってしばらく遊んでいた。
すると、子狼が突然腕の中から飛び出し、真剣な様子で僕の腕を咥えて引っ張るような動作をする。
どうしたんだろ、急に?
さっきまでの楽しそうな様子はすでにない。
必死に僕を連れて行こうとしているようだ。
両親に何かあったのかな?
それを野生の狼特有の何かで感じ取ったとか?
理由はわからないが、すぐさま立ち上がりついていく意思があることを示すと、子狼は一度だけ「ウォン」と鳴いて、自分が来た方角に走り始めた。
5分程子狼の後をついて走ると、木の陰から1匹の狼が顔をのぞかせた。
母狼だ。
父狼はそばにいないようだ。
心配になって先に見に来たのかな?
子狼は母狼に走りよると、お腹の辺りに鼻先を擦りつけ、「ウォン」と小さく鳴いた。
母狼はそれに返事することなく体を離すと、何故か前足で子狼の顔をペシンと叩いた。
クゥゥン、と子狼が悲しそうに鼻を鳴らす。
なになに?
喧嘩?
親子喧嘩なの?
しかもどうしてこのタイミングで?
僕は何の為に呼ばれたの?
?マークで頭がいっぱいの僕に近づいてきた母狼が、ズボンの裾にガブリと噛みつきグイグイと引っ張る。
うん、僕に用事があるのは間違いないようだ。
「わかった。どこに行けばいい?」
言葉を理解しているのか、雰囲気で感じ取っているのかは不明だが、母狼がダッと駆けだした。
遅れて子狼も追従していくので、僕もあとを追いかけた。
また数分走ると、だんだん木々が減ってきて森の端っこに着いたようだ。
緑のかわりに前方には茶色い地面が広がっている。
草の陰にでも寝そべっていたのか、父狼が体を表して近づいてきた。
そして僕と子狼を交互に見てから、バシンッと子狼の頭を叩いた。
また叩かれるけど、いったいどうしたというのだろうか?
体罰?
親としての教育の一環?
説明などしてくれないので答えはわからないけれど、仕方がない。
それはそうとして、ここに何かあるのかな?
僕をこの場所に連れてきた理由はいったいなんなのだろう。
そちらの方が気にかかる。
「それで? いったい僕になんの用なんだい?」




