192.美容師~模擬戦の相談をする
「それで? ソーヤの話はこれで終わりかい? どうする? このまま修行をしていくんなら予定もないし見てあげてもいいよ」
師匠がこの後の予定を尋ねてきたので、メェちゃんとの約束があると伝えようとしたのだが、それより先にマリーが言葉を発した。
「イリス様、実は謝罪とご相談がありまして」
「謝罪と相談かい? 何に対しての謝罪かは聞いてみないとなんとも言えないところだねぇ。相談に関しては、わたしで役にたつことならいいんだが」
僕からマリーに体ごと向き直り、師匠が姿勢を正してマリーに話してごらんと促す。。
そのマリーはというと、何故か僕のことをチラチラとうかがってくるので、どうかしたのかな? と首を傾げていると、ため息をつきつつ、
「ソーヤさんの秘密がバレてしまうかもしれません。それに伴い、イリスさんの存在が知られる可能性があります」
あっ! 忘れていた。
ケネスさんのことを話さなければいけなかったんだ。
「それはどういうことだい?」
目を細めて師匠がマリーを射抜くように見る。
「ソーヤさんと一緒に今回の依頼を受けた人物なのですが、ソーヤさんの実力を目の当たりにしてかなり強く興味を持たれています。
かなり独創的というか、探求心の強い男性なので、確実にソーヤさんの背景を探ろうとしてくる可能性があります。よって、その師匠であるイリス様についても注意が必要かと」
「それは……確かにやっかいではあるねぇ。ただ、あんたからの謝罪の必要はないよ。弟子を取った時点で、いつかは誰かに探られることがあるのは覚悟していたしね。
それで、ソーヤ、その相手にはどこまで知られているんだい?」
「えーと、依頼で同行していたし戦闘も行ったので剣と魔法を使うことは知られていますし、僕の得意な属性が水属性であることも。
あと、聞かれたので師匠の名前は明かしてあります。例の名前の方ですが」
「ああ、それなら問題ないよ。もうひとつの属性は知られていないのかい?」
「はい、それは大丈夫です。今回の依頼でも使っていませんので」
「なら問題はないね」
氷属性の魔法は最後まで隠し通すことができた。
もちろん危なくなれば使うつもりではあったし、師匠からも命の危険がある時に限り使用は許可されている。
「で、相談っていうのは、その対処についてかい?」
「はい、それもそうなんですが、なんというか話の流れでソーヤさんとその人物が模擬戦をすることになりまして」
「模擬戦かい? それに関しては問題があるとは思えないが」
「ただの模擬戦ならばわたしとしても問題ないように思えるのですが、その相手が求めているのは正真正銘、ソーヤさんの実力の全てを見せろということなのです。
手抜きをして相手をしても、間違いなく見抜かれると思いますし、それを理由にますます執着される危険があります。
だからここは、完膚なきまでに叩き潰すことをわたしとしては提案させていただきたいのですが」
「ソーヤ、その人物はどんな奴なんだい?」
「ケネスさんという人なんですが、Cランクの冒険者で魔法使いです」
「ほぉ、Cランクの魔法使いかい」
「いえ、正しくはCランクパーティー『狼の遠吠え』のリーダーであり
、Cランクの魔導士ですね。
ちなみに得意な属性は火で、このニムルの街付近ではトップランクの人物です」
マリーの補足を聞いて、師匠の顔が好戦的なものに変わる。
「火属性かい。水属性にとっては天敵とも言える相手だねぇ。だからって簡単に、負けるわけにはいかないねぇ」
「相手は典型的な後衛職ですから、ソーヤさんなら接近戦に持ち込めばいい勝負になるとは思うのですが」
「いや、ソーヤ! あんた魔法だけで勝負しな! 剣なんて無粋な物は使うんじゃないよ!」
「イリス様!?」
「相手は魔法戦をご所望なんだろう? ならばこっちも魔法だけで相手してやるのが当然じゃないか?」
驚きの声をあげるマリーに対して、師匠はこともなげにこう返す。
「イリス様、それだとソーヤさんがずいぶんと不利だと思うのですが」
「不利だって? 相手はたかがCランクの魔法使いだろ? ああ、魔導士のなりたてだったかい?
それにしたって、この『青のイリス』の弟子ともあろうものが、いくら相性の悪い火属性相手とはいえ、負けることなんてありえないね。
断言してもいい。ソーヤに敗北の二文字はないはずさ」
相当な勢いで師匠が啖呵をきっているのだが、僕にとってはプレッシャーが半端ない。
「それでっ? その模擬戦とやらはいつやるんだい? できればこっちにも準備する時間が欲しいところなんだがねぇ」
「ええと、一応、日時についてはこちらから指定できるようにしてあります。とっさに、ソーヤさんが杖を持っていないことを理由にしたのですが……そういえばイリス様、前から気にはなっていたのですが、ソーヤさんの杖はないのですか?」
「杖かい? ああ、杖ねぇ。あってもなくてもどっちでもいいっちゃいいんだけど……ソーヤ、杖は欲しいかい?」
マリーと師匠の間で会話が成立していたので、ついつい気を抜いていたところに急に振られてしまった。
「欲しいかと聞かれれば欲しいような気はするのですが」
「なんだい、はっきりしない奴だねぇ。男なら選択を迫られた時にははっきりと答えるもんだよ!」
「ええと、そもそも杖ってあったほうがいいんですか?
今のところ魔法を使うのに不自由していないというか、実際、剣を持って戦うのに杖を持ち続けるのは邪魔というか」
「ああ、あんたは剣士からの転職で、純粋な魔法使いではないしね。
魔法を手で掴んで斬りつけるくらいだし、この先も剣を握るつもりなら確かに杖は邪魔になるねぇ」
師匠は顎に手を当ててしばらく考え込み、
「わかった。それについてはわたしの方で準備しておいてやるさ。昔から弟子の杖は師匠が準備するものと決まっているくらいだしね。
安心おし、模擬戦には間に合うようにしてあげるから」
師匠がそう言うのなら、任せることにしよう。
「よし、そうと決まれば模擬戦の日時は10日後くらいにしようかね。あまり待たせると、そのケネスとやらもしびれを切らして何をするかわからないし。連絡はマリーに任せた。
ソーヤはさっそくこれから修行を始めるよ! 中級は問題なく使いこなせるようになったね? その模擬戦までには上級を少なくても3つはマスターしてもらうから、気合いれていくんだよ!」
あれよあれよという間に模擬戦の日時が決まってしまった。
わかりました、なんてマリーも返事しているし決定事項のようだ。
どうやら、メェちゃんと遊ぶ約束は守れそうにない。
泣かれないようにどうやって言い訳をしたらいいものか。
ついでにその相談にものってほしいものなのだけど。
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