190.美容師~師匠に会いに行く
何度も声をかけ続け、なんとか復活したマリーと横に並び、師匠の店に向かう。
店番に立っていたのはリンダさんで、お手伝いをしていたのであろうメェちゃんが僕を見つけるなり駆け寄ってきて、そのまま勢いを緩めることなく腰のあたりに飛びついてくる。
「お兄ちゃん! メェに会いに来てくれたの? 何して遊ぶ?」
満面の笑顔で言われてしまうと、師匠に会いに来たので違うとは言えない。
困って微笑む僕を見かねて、リンダさんが助け舟を出してくれた。
「メイ! ソーヤはイリスさんにご用事があるんだよ。邪魔しないでおとなしく店の手伝いをしておくれ」
「えー、違うもん。お兄ちゃんはメェに会いに来てくれたんだよ! そうだよね?」
僕の手のひらをぎゅっと掴み、絶対に放さないとその力強さをもってして訴えてくる。
これにはリンダさんも苦笑いを浮かべて、視線だけで謝罪の念を送ってきた。
困った……こんな時には頼れる存在である僕の守護天使に……。
ダメだ。
どうやらまだ使い物にならないようだ。
長く伸びた前髪を指先でいじりながら、虚空を見つめてにまにましている。
時折、「天使」という言葉を≪聴覚拡張≫が拾って僕に届けてくれるのだが。
こうなれば自分でなんとかするしかないわけで、
「ごめんね、メェちゃん。僕はイリスさんにお話ししなきゃいけないことがあるんだ。
それが終わったら一緒に遊ぼうか。だから少しだけお店のお手伝いをして待っていてくれないかな? いい子のメェちゃんならできるよね?」
地面に膝をつけて視線を合わせるようにし、できるだけ優しい口調で話しかける。
子供の自尊心をくすぐってみる作戦だ。
これが功を奏したのか、メェちゃんは一瞬考えるように僕とリンダさんを交互に見つめ、
「うん、わかった! メェはいい子だからお手伝いをして待っていられるよ! だからお婆ちゃんとのお話が終わったら遊ぼうね。約束だよ、お兄ちゃん!」
見上げてくるメェちゃんの頭に自然と手が伸びそうになったが、すぐに気がついて自制した。
危ない危ない、メェちゃんの笑顔を見ていると、どうしても頭を撫でたくなってしまう。
子供特有のキューティクル抜群の証、天使の輪が僕に触れてくれと誘ってくるし。
この世界にはトリートメント等の髪の毛を良くする為のアイテムは存在しないようなので、一度痛んでしまえばそのままだ。
碌なシャンプーやリンスがないのが一番の原因だろう。
石鹸で洗いっぱなしのような状態だし。
保湿もなにもないのだから、乾燥しっぱなしでダメージを受けまくりだ。
ドライヤーのような道具もないのだろうし、皆濡れたまま自然乾燥をしているのだろう。
だからマリーやリンダさんの髪の毛も根元付近はそうでもないが、毛先に行くにつれて痛みが激しくパサついていて枝毛だらけだ。
これは頻繁に髪の毛を切ることをしないので余計に悪化しているともいえる。
せめて悪い部分をカットして落とすだけでも、見た目や手触りはだいぶ変わると思うのだけど……職業柄目にするたびに気になっている。
「お兄ちゃん、早くお婆ちゃんのところに行ったら?」
余計なことを考え込んでいる僕を、メェちゃんがペシペシと叩いて正気に戻してくれた。
とは言っても、不満げな顔から察するに、早く用事を済ませて自分と遊べということなのだろうが。
「うん、ありがとう。じゃあ、行ってくるね。また後で」
「後でね!」
メェちゃんに手を振り店の奥へ。
師匠はいつもの定位置のソファーにゆったりと座り、笑顔で招き入れてくれた。
店の前で話していた声が聞こえていたのか、僕が来るのはわかっていたようだ。
「師匠、なんとか無事に戻りましたので、今日は報告に参りました」
「聞いてるよ、ずいぶん活躍したそうじゃないか。
複数パーティーでとはいえ、まさかBランクの女郎蜘蛛を倒してしまうとはねぇ。我が弟子ながら、誇らしく思うよ」
うんうんと頷きながら椅子をすすめてくるので、師匠の正面に腰を下ろし、マリーも一礼して僕の隣に腰かけた。
さすがに師匠を前にしては、マリーだっていつまでも妄想の世界にいるわけにはいかないようだ。
いつものマリーが戻ってきてくれて、僕としては一安心。
「それで? せっかくだから聞かせてもらおうかね。今回の緊急依頼の顛末とやらを」
師匠に促されて、依頼一日目からニムルの街に戻ってくるまでを順序立てて話しはじめる。
土蜘蛛の罠にかかって前後に挟まれたと言えば、「バカだねぇ、罠に決まっているじゃないか」と言われ、女郎蜘蛛との戦闘で大量の魔物に囲まれたと言えば、「なってないねぇ、もうちょっと考えて行動しないと簡単に死ぬことになるよ」とお叱りを受けた。
そして、『アクアブーメラン』を手に持ち土蜘蛛を斬り飛ばしたと言えば、額を手のひらで押さえてため息をつかれてしまった。
途中でリンダさんが冷たい飲み物を持ってきてくれたので、時折喉を潤してなんとか最後まで話し終えると、師匠が強張った表情で呟いた。
「ソーヤ、そのシザーとやらを見せてくれるかい?」
お読みいただきありがとうございます。




