19.美容師~受付嬢に絡まれたら恐怖耐性が上がる
シザーケースの蓋を開け、タバコとジッポライターを取り出した。
箱の中にはタバコが9本残っている。
こちらの世界では手に入らないだろうから、大事に吸おうと思い、手を付けていなかったが、初勝利を飾ったわけだし、一服するとしよう。
チンッと親指で弾いて蓋を開け、咥えたタバコに火を付けた。
3日ぶりの味わいを感じ、ゆっくりと煙りを吐いた。
……美味しい。
普段からそんなに吸うわけではなかったが、あと8本で吸えなくなると思うと無性に寂しいものだ。
箱の中の8本を数え、大事にシザーケースにしまい、携帯灰皿なんてものはないので、地面にスコップで穴を掘って灰と吸い殻を入れて埋めた。
依頼はビッグワーム3匹の討伐。
あと2匹はもうちょっとスムーズに倒したい。
できそうならば、ワタアメ作りもやってみたいし。
竹筒でできた水筒から水を飲み、布袋にしまって短剣を抜いた。
二匹目の芋虫は糸を出し切る前に倒した。
上手く木の棒に糸を巻付けることができたので、糸を何度も吐かせる理由がなかったのだ。
ゴミが付かないうちに糸の玉をガラス瓶に入れ、魔核結晶をえぐり出して瓶に入れた。
3匹目は……背後から奇襲した。
偶然、お尻を向けて這っている芋虫を発見したので、こちらに気づく前に首を切り飛ばした。
ポーン、
【スキル 剣術を獲得しました】
ついに、攻撃用のスキルを手に入れたようだ。
試しに短剣を振ってみると、少し安定したような気がする。
レベル1ならば、こんなものだろう。
でも、地味に嬉しい。
魔核結晶を瓶に入れ、凱旋気分でニムルの森をあとにした。
冒険者ギルドの前に立ち中に入らない僕を、通りかかる人がチラ見してくる。
入るなら早く入れよ、そんな声が聴こえて来そうだが、僕だって早く入りたい。
何故入らないのか、それは受付にマリーがいるからだ。
彼女に会いたくないわけでも、嫌いなわけでもない。
ただ彼女のリアクションが怖いのだ。
思い返せば、《採取》スキルのレベルが上がっただけでもあの驚きようだった。
今日の僕はどうだ?
《採取》はレベルが2から4に上がり、《恐怖耐性》、《観察》、《身軽》、《剣術》と新たなスキルもゲットした。
果たしてこれは普通なのだろうか?
それが不安なのだ。
でも、いつまでもここにいるわけにもいかないし、行くしかないか。
恐怖耐性、仕事をしろよ。
心の中で呼びかけ、足を踏み出した。
「あっ、お帰りなさい。お怪我はないようですね」
微笑みを浮かべて、マリーが言った。
「うん、なんとか3匹討伐ができたよ」
袋の中から、魔核結晶の詰まった瓶を取り出し、カウンターに置いた。
「ちゃんと3つありますね。糸玉はどうでしたか?」
「それもここに」
「こっちはちょっと汚れていますね。でももう一つはゴミの付着もなく、いい品質です」
「それはよかった。あと……薬草が二つと……キノコが――」
「またノインでも見つけたんですか? ソーヤ様は本当にキノコを見つけるがお上手ですね。故郷ではキノコ採り名人とでも呼ばれていたり?」
そんなあだ名はもらったことはない。
薬草2本を渡し、そっとノインをカウンターの上に並べていく。
「1、2、3、4、5……」
マリーの数える声が5で止まったが、かまわず最後まで並べきった。
12本、しめて3600リム。
毎日3600リムが手に入るのなら、甘んじてキノコ採り名人の称号を受け入れることもやぶさかではない。
ヒゲを生やした老人を連想させるけど。
「……ソーヤ様」
「な、何かな?」
がんばれ、恐怖耐性!
「ソーヤ様は秘密のノイン栽培場でもお持ちなんでしょうか?」
「持ってないよ!」
「なら、どうして普通の人が1本見つけるのも大変なノインを3日連続で、しかも一日で12本も手に入れて来るんですか!」
「知らないよ! たまたまだよ、たまたま。僕は何も悪くない! ノインが目の前に勝手に出て来るんだから拾うしかないじゃないか。見て見ない振りをしろとでも? 1本300リムだよ!」
負けてなるものか、とこちらも口調を強めて主張した。
僕は何も悪いことはしていない。
それは絶対だ!
「ぐっ、それは……もちろんそうですけど」
ほら、相手が強く出れば、彼女は下がるしかない。
「ということで依頼達成と買い取りをお願いします」
「……わかりました」
悔しそうに彼女が計算を紙に書いていき、
「ビックワーム討伐達成で150リム。糸玉は状態の良い方が50リム。もう一つが30リム。薬草2本で40リム。ノインが12本で3600リム。魔核結晶も買い取りにしますか?」
「うん、お願い」
「1つ30リムで3つで90リム。合計で……3960リムです。もうっ、どうしてビッグワームの討伐に行って、こんな金額になるんですか? おかしいですよ、ほんと」
トレイにお金をのせながらぼやいている。
借りていた採取セットを返し、
「ありがとう。じゃあ、また明日もよろしくね」
帰ろうとするが、
「あっ、ソーヤ様。依頼達成の作業とカードの更新がまだです。すぐに済ませますから、出してください」
服を捕まれてしまった。
「えーと……今日はいいよ。明日も依頼を受けるし、その時にまとめてやってくれればいいから。特にスキルが増えた感じもしないし、また明日ということで」
グイグイと引き寄せる指を外そうとするが、これも何かのスキルか!
外せない。
「ソーヤ様……何かわたしに隠していませんか?」
ジトッとした視線を向けられる。
「な、何かな? 隠し事なんかないよ。ないはずだよ」
「ならカードを渡してください」
ほらっ、早く、というかのように差し出された手が揺らされる。
……仕方なく、僕はカードを渡した。
こんなところで器用さを発揮した彼女は、僕の服を掴んでいない片方の手だけでカードを箱に入れ操作をしていく。
そして抜き取ったカードを確認するように見つめた彼女は、想像通りに叫ぼうとした。
「ソーヤ様! スキルがむぐぅ――」
緊急措置ということで、彼女の口を手で塞がせてもらった。
何事かと男性のギルド職員がやってきて、
「何をしているのですか!? 彼女から手を離しなさい!」
怒鳴ってきたので、
「彼女が僕のスキルを大声で叫ぼうとしたので口を押さえています」
説明すると、男性はマリーに問い掛けるかのように目を向け、それにマリーが頷くことで返すと、バシンと持っていた紙の束でマリーの頭を叩き、
「失礼しました」
と言って、戻っていった。
良くあることなのだろうか?
彼の対応は手慣れている感じがする。
マリーはおとなしく僕に口を押さえられたまま、涙目で叩かれた頭を擦っていた。
「大声を出さない、いいね?」
諭すように問いかけると、
コクコクと小刻みに頷いたので、手をどけてあげた。
ぷはぁ、と大きく息を吸い込み、
「頭が痛いです」
マリーが小さく呟いた。
「お大事に、じゃ、僕はこれで」
このタイミングなら、と立ち去ろうとしたが、
「ちょ、ちょっと待ってください!」
すばやくカウンターを出た彼女に回り込まれた。
はっ、早い!?
一瞬、視界から消えたし。
また受付嬢の謎スキルか。
「説明がまだですよ。ソーヤ様っ!」
ニッコリと笑って、カードをひらひらと動かした。
「こんなところじゃなんだし、また日を改めてということで」
カードを奪い返そうとするが、蝶のように逃げていく。
「せ・つ・め・い……してくれますよね?」
異世界の受付嬢の笑顔が怖い。
手を引かれながら、ポーンと音が聴こえた気がした。
【スキル 恐怖耐性のレベルが上がりました】
空耳だと思いたい。
いや、わりとマジで。




