187.美容師~ケネスとの模擬戦を受ける
「模擬戦くらいすればいいんじゃねーのか?」
呆れたように呟くグラリスさんが僕を見てくるので、
「まぁ、模擬戦をするのはかまいませんが」
思わず僕も呟くと、
「いえ! 違うんです!
また騙しただなんだと言われるのは嫌なのできちんと先に条件を付けさせてください。私が望む模擬戦というのは、『本気を出したソーヤ君と戦いたい!』これなんです!!」
掴みかからんばかりに身を乗り出し、ケネスさんが爛々とした目で僕を見る。
思わずマリーの背中に隠れた僕に声をかけてきたのは今まで沈黙を守ってきたランカだ。
「ソーヤさー、模擬戦くらいやってあげればいーじゃない。別に減るもんでもないんだしさー。
あたしとだってやったくらいだし、模擬戦できない理由があるわけでもないんでしょ?」
脳筋のランカらしく、簡単に言ってくれるよな。
別に模擬戦をするのはかまわない。
逆にケネスさんとの模擬戦はこちらからお願いしてもいいくらいに興味がある。
ただ、その中での条件が問題なのだ。
ケネスさんの付けたしたあの一言が。
なかなか答えない僕にしびれをきらしたのか、ランカの標的がケネスさんへと変わったようだ。
「ケネスもさー、なんでそんなに必死になってまでソーヤと模擬戦がしたいのよ?
確かにソーヤはEランクにしては腕はそこそこだと思うよ? でもその模擬戦をする為に女郎蜘蛛の魔核結晶の半分をあげるの? おかしくない? 頭でも打ったの? バカなんじゃないの? 全然釣り合わないじゃん!
もしかして自分のパーティーメンバーとではできないような本気の痺れる模擬戦がしたいの? それならあたしがその模擬戦の相手をしてあげてもいいよ? だから魔核結晶の半分をあたしにちょうだいよ!」
途中までは質問だったのに、いつのまにか自分に魔核結晶の半分をくれという要望にかわっている。
さすがランカ。
話の流れがおかしすぎてよくわからない。
けれどケネスさんは冷静に答えを返していた。
ランカにバカと言われて余程腹がたったのか、冷静な口調であからさまに馬鹿にしながら。
「どうして私があなたごときと模擬戦をするのに対価を支払わなくてはいけないのですか?
あなたこそ頭でもぶつけてバカになったのですか? ああ、元々バカなので余計にバカになってしまったのですね? かわいそうに……シド、早く病院に連れて行ってあげなさい。もう手遅れかもしれませんが」
「きー!! この陰険野郎! あたしはそんなにバカじゃないし、余計にバカになってなんかもいないわよ!
そこまで言うのなら聞かせてよ。どうしてあたしはダメでソーヤならいいのよ?
言っておくけど、あたしはDランクでEランクのソーヤより上なんだからね! しかも模擬戦した時だって、ケネスもそばで見ていたじゃない! 完璧にあたしの方が優勢だったし。
それでもケネスがあたしよりソーヤの方が上だって言い張るのなら、あの時、ソーヤは手加減していたっていうことかしら? どうなのよ!?」
地団駄を踏みながら喚き散らすランカに、まだケネスさんがやれやれといった風に首を振りながらため息をつく。
「だからあなたはバカだと言われるんですよ」
無常にもランカに向ける視線は、先程よりも冷たいものへと変わっていた。
「あなたは槍を手にする前衛職。ならソーヤ君の職業はなんですか? 答えてごらんさない。
ああ、いいです。覚えていないかもしれなのでかわりに私が答えましょう。彼の職業は魔法使いですよ。それもDランクのあなたと魔法なしでもそこそこ戦うことができる魔法使いです。
そんなソーヤ君が魔法を使わなかった模擬戦で、本気であなたの相手をしていたとでも?
あれで勝ったつもりでいるのなら本気であなたの頭の中身を心配してしまいますね。
シド、悪いことは言いません。パーティーから除名して新しいメンバーを探した方がいいのではないですか?」
「……言いすぎだ、ケネス。
俺のパーティーのことは俺が決めることだ。お前にどうこう言われることじゃない」
怒りを通り越して憤怒の状態になってしまったランカが槍を手に飛びかかろうとするのを力づくで上から押さえつけながらも、シドさんが普段より強い口調でケネスさんに反論した。
「そうですね。申し訳ない。言いすぎました。
でも、間違えないでください。私が本気で戦いたい相手はランカさんでもシドでもない、ソーヤ君なんですよ。
その為なら、さっきは半分と言いましたが、足りなければ女郎蜘蛛の魔核結晶1個丸ごとを差し出してもいい。
どうです、グラリスさん。私の願いは、対価に対して釣り合ってしませんか? 判定をお願いします」
シドさんに軽く頭を下げて謝罪をし、僕には熱のこもった視線を送り、最後に真摯な眼差しをグラリスさんに送った。
グラリスさんは困ったように僕を見て、結局は「ソーヤに聞いてくれ」と放り投げた。
それはそうだろう。
グラリスさんにとってのついこの間までの僕は、変な武器を欲しがる剣士というか戦士の前衛職だったのに、いつのまにかCランクのケネスさんが本気で戦ってほしいと望むほどの魔法使いにジョブチェンジしていたのだから。
僕の魔法使いとしての実力など計りようがないし、その本気を見せることでの対価だって推測することは不可能だ。
この場にいる人間でそれを判断できるとしたら、僕以外には僕の秘密の一端を知るマリーだけ。
そのマリーはというと、指を顎にあてるポーズで何かを考えていたようだが、僕が返事を決めきれないことを悟ったのか一同を見回し、かわりに返事をしてくれた。
返事をしてくれたのだが……僕の予想とは逆で、
「わかりました。その模擬戦、受けましょう」
何故か勝手に受けてしまったのだ。




