182.美容師~優遇される?
「いやですね、私は何も企んでなんかいませんよ。
ただ単にグラリスさんの選んだものが誰も欲しがらなかったものだっただけじゃないですか」
グラリスさんの怒りを真っ向から受けながらも、ケネスさんがひょうひょうとした態度で答えた。
ただそんな言葉をグラリスさんが鵜呑みにするはずもなく、叩き返すように真っ向から否定する。
「その時点でおかしいって言ってんだよ! 女郎蜘蛛の鋏角を誰も欲しがらない? そんなわけあるか!
お前らの手に持っている武器を作ったのを誰だと思ってやがる?
俺からしてみれば鋏角はランドールやカシム、シドにランカ、他の誰もが武器の素材として欲しがるはずだ!
鋏角があれば、今手にしている武器より強いものが作れるんだぞ! それを誰も欲しがらないだと? その時点でありえない」
ケネスさんが何も言い返さないので、グラリスさんが続ける。
「足爪は8本あるからソーヤが2本貰ったとしてもまだ6本ある。だから欲しい奴はいるが数が足りているから手を上げない。
ああいいぜ、数字上は納得いく。けどな、魔核結晶を丸ごと1個渡してもいいだと? わかってんのか? Bランクの女郎蜘蛛の魔核結晶を丸ごと1個だぞ? 売ったらいくらになると思ってんだ? 普通に売っても200万リム、オークションにかければ300万リムを超える金額になるかもしれねー。それを誰も欲しがっていません、だと? 馬鹿にするもの大概にしろ!
絶対にお前は裏で何か動いたはずだ。どうせお前のことだ。ここに来る前には全て根回しを終えてきたんだろ? だから誰も口を挟まず、お前に任し切っている。
ソーヤに好きなだけ女郎蜘蛛の部位を与えるつもりだろ? その見返りにお前は何を求めるつもりだ? ことと次第によっちゃ、俺はお前を許さねーぞ! わかってんのか、ケネス!!」
ふぅふぅと荒い息を吐きながら、グラリスさんがケネスさんを睨みつける。
その視線の強さは、まるで射殺さんばかりのもので、隣にいるマリーも僕の服の袖を握りしめて青い顔をしている。
周りの皆は誰も動かない。
ならば本来の当事者である僕が動くしかないのだろうが……。
どうしようかと悩んでいるうちに、場の中心にいたケネスさんが大きく息を吐いた。
そして張り詰めた空気にそぐわない淡々とした口調で話し始める。
「グラリスさん、私とあなたの付き合いはどれくらいになりますか? ざっくりですが7年くらいですかね。
あなたは私のことをそれなりに理解してくれているはずです。ならば私の考えていることくらい、ある程度わかりませんか?」
「それがわからねーから聞いてんだろーが!
確かにソーヤは今回の討伐でかなりの活躍をしたと聞いている。それこそ皆の命を救う程の功績だったらしいな。
だからと言って部位の総取りなんてあり得るはずはねーんだよ。あくまでもソーヤは一番の活躍をしただけだ。だから報酬の分配の割合が一番多いだけならいい。残りはきちんと皆でわけるべきだろ?
ケネス、てめーはそういう考えの持ち主のはずだ。どうして他の奴らは部位を得る主張をしない? それはな、お前が止めているからだ。
なら、それにはそうさせるだけの理由がある。俺はな、それを話せと言ってんだよ!
もういいだろ? さっさと理由を説明しろ。さもなきゃ二度と俺の前にその面を見せんな!」
頑ななグラリスさんの様子を見てケネスさんがため息をつき、
「どうも勘違いがあるようですね」
と小さく呟いた。
「私は別にソーヤ君に全ての部位を渡すつもりはありませんよ」
「なら、どうして誰も主張をしない? このまま俺が全てを得るような主張をしたらどうする?」
「その時はさすがに私が止めますね。皆にも部位を渡す必要があるので全てを差し上げることはできませんし」
「なら鋏角と魔核結晶のことはどう説明する?」
「鋏角2本はランドールとカシムの為に私が手を上げるつもりでした。魔核結晶は私が」
「なら、どうして手を上げない? どうしてそれを口にしない?」
「それはですね、ソーヤ君が欲しがっているならあげてもいいかな、と思ったからですよ」
「だから、それがわからねーと俺は言ってんだよ!」
ケネスさんの説明ではグラリスさんは納得しきれないみたい。
当たり前だ。
僕だってよくわからない。
僕が欲しがっているならあげてもいい?
やっぱり僕にとって優遇されすぎている。
「まだわかりませんか? 部位の分配に関してグラリスさんが代役になった時、私はほっとしました。
何故だかわかりますか? それはソーヤ君よりもグラリスさんの方が、女郎蜘蛛の部位に関して詳しい知識を持っているからです。正しい価値を理解しているからです。
つまり私はですね、ソーヤ君に恩を売りたいのです。いや、違いますね。ソーヤ君から良い印象を持たれたいのですよ」
「ソーヤから好かれたいってことか? お前、もしかして――」
怪訝そうに問いかけるグラリスさんに、
「そういう意味ではないですよ? 変な勘違いはやめてくださいね。私は男色家ではありません。人間として好意を持たれたいということですよ」
「それはわかったが……いったいなんの為にだ? 何も目的がないわけではねーんだろ?」
「そうですね。目的は確かにありますよ。
本当は部位の分配が終わったあとに話すつもりだったんですが、このままでは話が先に進みませんし、この際告げてしまうとしましょうか」
ケネスさんが真っ直ぐに僕を見た。
その瞳にはキラキラとした輝きが宿っていて、先程の男色家ではないという言葉を聞いていなければ勘違いしてしまいそうだ。
「ソーヤ君、私のお願いを1つ、いや2つ聞いてもらえませんか?
それを叶えてもらえるのであれば、鋏角2本と魔核結晶をあなたに差し上げてもかまいません。ああ、足爪は8本あるので、2本貰っていただいてかまいませんよ」




