181.美容師~交渉を見守る
言葉通りじっくりと時間をかけてグラリスさんは全ての部位を確認していた。
僕としてみれば、そんなに見る所があるのか? と問いかけたくなるくらい真剣に。
シドさんとランドールさんはすでに起きていて、手もちぶたさだったのか、離れた場所で軽く模擬戦をして体をほぐしているようだ。
「それにしても、これだけのものが揃っていると流石に悩むな。
鋏角は欲しいとして、魔核結晶も一部でいいからできれば貰いたい。あとは足爪もできれば貰いたいものだが……ちなみに他の奴らの要望はどうなんだ?
こちらの選定は大体すんだ。あとは話し合いといこうぜ。どういうやり方で行く?」
「そうですね。私達の話し合いは終えていますので、グラリスさんの欲しいものを順番に上げてください。
それで異議があればその本人が挙手して口を挟むというやり方でどうでしょうか?」
ケネスさんの提案に不振がりながらもグラリスさんが、
「……いいのか? そんなやり方で? なら遠慮なくいくぞ。
よし、俺の選んだ部位は……ああ、その前にシドとランドールを呼ばないとな」
「いえ、あの2人の欲しいものは私が聞いていますので、かわりに代役でやらせていただきます。
あちらで楽しそうにしているので、気にしないではじめましょう」
「そうか? お前がそう言うならはじめるか。
俺としては、やっぱり鋏角が欲しい。誰か他にいるか?」
グラリスさんが一同を見回すが、誰も手を上げる者はいない。
「いないのか? 女郎蜘蛛の鋏角だぞ? 誰も欲しい奴はいないのか? もしかして2本貰いたいと言ったら通るのか?」
恐る恐るグラリスさんが言うと、
「2本必要なら貰ってください。誰か異議のある人はいますか?」
ケネスさんが答えるが、誰も動かない。
いや、ランカだけが手を上げようと右手を動かしたが、カシムさんがすばやく腕を掴んで押さえ込んだ。
なんだ?
この予め決められているような皆のこの動きは。
「いないようですね。では鋏角2本はソーヤ君のものということで」
パチパチパチ、とケネスさんの手を叩く乾いた音だけが響き、遅れてまばらに他の皆も手を叩く。
グラリスさんは信じられないという顔をしながらも、すばやく鋏角2本を胸に抱きかかえ、誰にも渡さないといった態度で僕を見てきた。
グラリスさんが僕の為に頑張ってくれたことだけは理解できたので、ありがとうございます、という気持ちを込めて軽く頭を下げておいた。
さて、これで僕の番が終わったということで、次はケネスさんか他の人達の番になるわけか。
グラリスさんの態度を見る限り十分すぎる報酬を貰った僕に異議等あるわけはなく、あとはこの場で見ているだけの作業になるだろう。
などと気を緩めていると、ケネスさんが爆弾発言とも呼べる言葉を告げた。
「それで? グラリスさん、あとは何が欲しいですか? まだソーヤ君の番は終わっていませんよ?
それとも他の部位は必要ないですか? いらないというのであれば次の人に交代しますが」
「なんだと!? まだか? まだ選んでいいのか? 俺は、ソーヤは鋏角2本を選んだんだぞ?」
驚愕を顔に貼り付け、それでもグラリスさんが叫ぶように聞いた。
「ええ、もちろん。ソーヤ君は今回、それだけの働きをしました。ここにいるメンバーの中で一番の功労者です。
それに先程選んだ鋏角は、何故か皆が欲しがるものではないようでしたので交渉にすらなりませんでしたし、次に選ぶものが誰かが欲しがるものでしたら交渉が必要ですが、そうでなければ遠慮しないで貰ってください。私はそう言っているつもりです」
笑顔で正論を話すケネスさんだが、いつのまにか僕の横に立っていたマリーが腕をちょいちょいと引っ張って、耳元に口を近づけ囁いてきた。
「ソーヤさん、いったいどれだけの活躍をしたのですか? もしかしてわたしが聞いていない話がまだまだたくさんあるのでは?」
暗い瞳で尋ねられるが、僕には身に覚えがないので全力で首を振って示す。
「いいのか? 本当にいいのか? なら言わせてもらうぞ。足爪が1本欲しい」
誰も動かず、言葉も発せられない。
「……許されるなら2本欲しいんだが」
誰も動かない。
「魔核結晶の一部、カケラでもいいんだが……爪の先位も貰えれば十分だ」
恐々とグラリスさんが呟くと、
「そんな少しでいいのですか? 丸ごと1個を主張してくれてもいいんですよ?」
ケネスさんが微笑みかけた瞬間、グラリスさんがブチ切れた。
爆発したと表現してもいいくらいの切れ方だ。
「てめーらっ! 俺のことを馬鹿にしてんのか?
おい、ケネス! てめー、何を企んでやがる!
こんな報酬の分配はありえねー! いくらソーヤが活躍したからといっても話が美味すぎる! さぁ、きりきり話せ! お前の目的はなんだ?」
胸に抱きかかえていた鋏角2本をケネスさんの胸に突き付け、ふーふーと息を荒げて威嚇する。
そんなことになっているのに、周りの皆は誰も動かない。
暴れ出そうとするグラリスさんではなく、ケネスさんに視線を固定している。
ということは、だ。
グラリスさんの叫び通り、この場のこの状態を作っているのはケネスさんだということだ。
それにしても、その目的とはなんだろう。
あまりにも僕にとって有利な報酬の分配。
グラリスさんが聞かなければ、僕が聞いていただろう。
少しの優遇なら嬉しいが、過度な優遇は後が怖い。
これはきちんとした説明を受けるべきだ。
ただその役目はグラリスさんがかわりにおこなってくれそうなので、マリーとともに聞き役に徹しよう。




