180.美容師~グラリスに交渉役を任せる
「さぁ、ソーヤ君。女郎蜘蛛の部位を分配しましょう」
満面の笑顔でケネスさんが僕に視線を向けた。
「この場でこれから部位の分配をするということだな? それでどう分ける? いや、その前になんの部位があるんだ?
まずはそれを俺に教えてくれ。ああ、ソーヤの代役として俺が交渉役をつとめるが文句はないよな?」
ケネスさんの言葉にいち早く反応したのはグラリスさんで、すかさずこう告げた。
「ええええ、もちろんこちらはかまいませんよ。交渉の代役はよくあることですし、それがグラリスさんであるならばこちらとしては逆に助かるというか」
ケネスさんが嬉し気に頷いている。
何故だろう?
あまり物事に詳しくない僕と交渉したほうが、騙すというと言い方は悪くなるがケネスさんとしては自分の要望を通しやすいはずなのに。
逆に喜んでいるのが意味不明だ。
他の皆は反対しないのかと見渡してみるが、誰一人口を挟む様子はない。
なんだかよくわからないが、ここはグラリスさんに任せることにしよう。
僕が選ぶにしたってどの素材をどのように使うかや価値そのものがわからないので、無難に「残ったものでいいです」とか言ってしまいそうだ。
そもそもグラリスさんは目の前に並べられた素材から僕の為の武器を作成してくれようとしているようだし、それにはグラリスさんの考えがあるだろうし、完全に丸投げでいいだろう。
マリーもそうしたほうがいいと目で訴えてきている……ような気がする。
なんせ、僕のスキルには読心術のようなものはないわけだし。
この場の流れに任せてしまうのがいいだろう。
それで問題があるとするならマリーが止めるはずだ。
それだけマリーのことを信頼しているのに今更ながら気がついて恥ずかしくなる。
「それで? 土蜘蛛や他の魔物の部位や魔核結晶は全てギルドに売り払ったと思っていいのか? ということは女郎蜘蛛の部位を分配するんだよな?
空間属性の魔法や余程高価な魔法袋でもなければ死骸丸ごと全てを持ってくるのは不可能だからその場で解体したわけだよな?
お前のことだから後のことを考えて厳選して持ち帰っているとは思うが当然、鋏角や眼球、足爪なんかは――」
「大体はグラリスさんのお察しの通りですよ。今から説明しますので落ち着いてください。
これまでの付き合いでわかっていただけていると思いますが、隠したり独り占めするつもりは一切ありませんので。獲得してきた部材も全てこの場に持ってきています。この作業台の上に並べても?」
「おう、かまわねーぞ。乗り切らないものは地面に並べてくれ。
俺とお前の仲だし信用していないわけじゃねーが、まずはこの目で確認させてくれ。とりあえず話し合いはそれからだな」
僕や他の皆はこの場にいないかのように、グラリスさんとケネスさんだけで話が進んでいく。
「ええ、もちろんですとも。ランドール、カシム、シド、全てここに並べてください。
魔核結晶と眼球、毒の入った瓶は台の上に、足爪と筋繊維と外皮や糸の入った容器は地面に置いてください。それと鋏角ですが――」
「鋏角があるのか!? 早く、早く出せ! ちょっと待ってろ。中から台をもう1つ持ってくる」
グラリスさんが工房の奥から小ぶりな台を引きずり戻ってきた。
「ここだ! ここにのせろ! 損傷具合はどうなんだ? 折れているのか? 傷はどの程度だ? 数は? 1つか? 2つ揃っているのか?」
なんか、グラリスさんが凄く興奮しているな。
そういえばマリーにも鋏角を選ぶように言っていたけど、そもそも鋏角ってなんだろう?
あまり聞き覚えがない。
小声でマリーに尋ねると、蜘蛛で言う牙のようなものですよ、と教えてくれた。
真っ直ぐではなく少し折れているのが蜘蛛の鋏角の特徴らしい。
「どうぞ、手に取って確かめてください」
厚手の革で梱包されていた1メートル程の黒い牙が2本、台の上に並べられた。
ほんとうだ。
曲がりは小さいが真っ直ぐではない。
鎌に近いような形状をしている。
「すげぇな……完璧な状態だな。根元から先までほぼそのままじゃねーか」
2本をかわるがわる手に取り、眺めては熱い息を吐く。
「今回は主に眼球と腹部に攻撃が集中しましたからね。おかげで眼球のいくつかは傷がついていますが、用途としてはどうせ潰して使用するので問題ないですね。
糸を出す器官はズタボロで手に入りませんでしたが、糸自体は少しは手に入りました。
でも鋏角はほら、この通りほぼ無傷の状態で手に入れることができましたよ」
「いいぞ、これは……これなら俺の想像通りの物が作れるかもしれん」
キラキラと輝く目で手の中の鋏角を見つめるグラリスさんは、まるで欲しいものを手に入れた子供のように見えて、いつもとのギャップを感じてしまう。
「それで? ならグラリスさん、いえソーヤ君の代役としてのグラリスさんが求める報酬は鋏角ということでよろしいのでしょうか?」
「いや……待て。魔核結晶も見せてくれ。Bランクの魔核なんてめったにお目にかかれないしな。
かといって同じBランクでも程度の差はあるだろうし、一度確かめてから決めたい」
「当然ですね。別に急いで決める必要はありませんよ。
私達は全てを目で見て確認していますし、触れてもいますのでそちらにもその権利はあります。
足爪や眼球、他の部位も手に取ってくださって結構ですので」
「手間を取らせて悪いな……ただこれだけの中から選ぶんだ。慎重に選ばせてくれや」
謝罪の言葉を述べながらも、一切の妥協は許さない表情で一つ一つじっくりと時間をかけてグラリスさんなりの確認作業に入る。
その間の僕らはというと、シドさんとランドールさんは地面に座り込んで居眠りをしているし、ランカとハスラさんはカシムさんとタイムさんと4人でこそこそ話あっている。
ランカ一人が混じるだけで悪だくみに思えてしまうのは、僕の先入観がそうさせるのだろうか。
『炎の杯』ではトイトットさんは椅子に座り読書タイム。
さっきからずっと、薄汚れた本を熱心に読んでいる。
クミンさんは地面に道具を並べて弓矢の自作をしているようだ。
シンダルさんはその手伝いか。
クミンさんが作った鏃を木の先端に取り付けている。
今回の戦闘では大量に弓矢を消費していたようだし、店で購入するよりも自作した方が安価なのもわかる。
節約するための努力を欠かさないのは良いことだ。
自分も見習おうと自然に思えた。




