18.美容師~魔物と戦ってみる
毎度お馴染みニムルの森に到着。
森の入り口から直進して泉を目指す。
薬草を二本見つけたので、ついでに採取した。
40リム。
大事です。
ノインを求めて木の根元を注意深く探す。
中々見つからないが、これが普通なのだろう。
諦めて泉に向かおうとすると、猪のような動物が木の根元に生えている草を食べていた。
なんだかその光景がとても気になる。
そっと近づき、木の影から観察していると猪のようなものは去っていった。
目は赤くなかったので、魔物ではないのだろう。
知らずに止めていた息を吐いて、右手で握っていた短剣の柄から手を離した。
食い散らかされた草を退かし、木の根元を覗き込むと、赤い傘の見慣れたキノコが2本あった。
またもやノインを発見。
600リムは地味に嬉しい。
採取して布袋に入れていると、頭の中でポーンと音がした。
【スキル 採取のレベルが上がりました】
レベルが上がるの、早くない?
一日1レベルが一般的なのか判断がつかないが、ギルドカードを確認した時のマリーの驚き振りを思い出すと違う気がする。
女神の加護のおかげなのだろうか?
聞いてみたいが、マリーに騒がれると困る。
とりあえずこれで、採取スキルはレベル3になったはずだ。
ノインがたくさん見つかるといいな。
そう期待しながら、泉を目指すことにした。
1時間程歩いて泉に着いた。
着いたのだが……そこまでの距離があったかと問われると、答えは否だ。
寄り道が多過ぎて、余計な時間がかかったからだ。
その代わりに、布袋の中には12本のノインがある。
そして僕にはわかったことが一つある。
ノインがあまり見つからない理由だ。
残りの10本は全て草が生い茂った見つかりにくい場所にあった。
なんだか気になります! が僕を追い立てなければ、見つけられなかっただろう。
普通の人は猪モドキが食べて枯れた草の跡地でノインを発見するのではないか。
これが僕のたてた予想だ。
たぶん間違っていないと思う。
採取のレベルが2の時よりも3に上がった後の方が、気になりますが強くなったので、採取スキルのレベルが低いと見つかりにくいのだろう。
猪モドキ頼みということだ。
ノイン12本で3600リム……もう、このまま帰ってもいいような気がしてくる。
因みに、採取スキルは11本目を採取した段階でレベル4に上がっている。
マリーの反応が怖い……。
まぁ、せっかくここまで来たので、本来の依頼を達成しなければならないと義務感を呼び起こした。
短剣を右手で抜いて持ち、ワームワームと呟きながら泉に沿って回る。
いないなぁ……森の奥には行きたくないし……本当に帰ってしまおうか悩んでいると、キシキシと小さな音が聴こえた。
音を頼りに足を向けると、緑と青の斑模様の大きな芋虫が……気持ち悪い。
ノソノソとこちらに向かって這い寄って来る。
これを短剣で切り付けるのか?
馬鹿な!
手が汚れるじゃないか。
こいつの血の色は何色だろうか?
マリーよ、何故僕に遠距離攻撃の武器を勧めてくれなかったんだ……。
ひとしきり絶望を感じ、諦めて現実に向き合った。
手は……洗えばいいじゃないか。
血の色は切ってみればわかるし。
前向きに考えよう。
そうは思うが一歩が踏み出せない。
キョロキョロと何か投げつける物はないかと探す。
落ちていた小枝を拾って投げつけてみた……弾かれて飛んでいった。
ワームの速度が少し早くなった気がした。
体をくねらせて頭を持ち上げ、キシッと鳴き威嚇してくる。
こいつ、ヤルつもりか!
芋虫ごときに負けていられないと心を奮い立たせ、
「ウォォー!」
と叫んだ。
頭の中で、ポーンと音がした。
【スキル、恐怖耐性を獲得しました】
……恐怖耐性?
なんだか体に力が漲ってくる。
芋虫を見ても、汚いとか気持ち悪いとか、そんな感情はどこかに消えてしまったようだ。
冷静に、冷静に、自分に言い聞かせ、短剣を握り直す。
いつの間にか手の平が汗でベトベトだった。
芋虫が威嚇の姿勢から頭を後ろに反らした。
注意深く観察し、口元に白い塊ができているのに気がついた。
芋虫の口から白い線が飛び出したので、素早く右に飛んだ。
ポーン、ポーンと二連続で音が鳴った。
【スキル、観察を獲得しました】
【スキル、身軽を獲得しました】
新しいスキルを手に入れたみたいだ。
観察……?
よく見たからか?
身軽?
確かに体が少し軽くなった気がする。
飛んで来る糸に当たらないように、右に右にと避けていく。
そのうち糸の容量が無くなったのか、芋虫の動きが止まった。
すかさず、短剣で首のように括れた部分を横薙ぎにすると、引っ掛かるような抵抗と、ゴムを切るような感触がして紫色の液体が跳ねた。
後ろに下がり、ピクピクと痙攣する芋虫を警戒しつつ眺めていると、10秒程で動かなくなった。
倒した、のか……。
そのまま一分くらい待ったが、芋虫は動かない。
その場で座り込み、短剣を地面に落とした。
右手が震えていた。
魔物とはいえ、生き物を殺した。
日本にいた頃は、蚊や黒いGくらいしか殺したことはなかった。
腕より太く長い芋虫がいて、襲ってくるのが普通な世界。
改めて、ここは異世界なんだと思った。
えーと、倒したら剥ぎ取りをするんだっけ。
疲れた身体を動かし、胸の部分に短剣を入れた。
茶色いビー玉のようなものがポロリと落ちて転がった。
指先で摘んで日の光に翳してみるが、濁っていてあまり綺麗な物ではない。
「これが魔核結晶か」
革の小袋から出したガラス瓶に入れ、木の栓で蓋をした。
地面に落ちている芋虫の糸を、細い木の棒を取りだし先端に巻付けて絡めとる。
土で汚れているが、別のガラス瓶に木の棒ごと入れて栓をした。
魔核結晶が討伐の証明に必要で、吐き出した糸は素材として買い取ってくれるらしい。
熟練者になると、吐き出した糸を空中で木の棒にワタアメを作る容量で巻付け、土やゴミの付着していない綺麗な素材を持ち帰ることができるとのこと。
初戦闘の僕にはそんな余裕はなかった。
次の芋虫を見つけたら試してみよう。
買い取り金額に差が出るみたいだし。
糸の回収を終え、落としたままの短剣を拾って端伐れで紫の血を拭った。
端伐れは芋虫の死骸に投げ捨て、短剣を鞘に戻す。
なんだか疲れたな……。
空を仰ぎ見て、ため息を着いた。




