176.閑話 ケネス~事後処理をする
冒険者ギルドに到着し、ギルマスと側近のキンバリー氏に今回の顛末を報告した。
ソーヤ君が隠したがっていたことはぼかしつつ話をしたが、お馬鹿なランカさんが横からいらないことを口走るので、シドとカシムに頼んで退場させ、とりあえず酒を飲ましておいてもらう。
こうすれば余計な邪魔はしてこないはずだ。
自分的には主観は避けて、なるべく客観的に話をしたつもりだ。
ただ言葉の端々で、どうしてもソーヤ君の活躍を口走りそうになり、最大限の自制心を心がけるのに苦労した。
今ここで彼から不信感を得るわけにはいかないからだ。
なるべく彼に好印象を与え、好意的に物事を進めなければならない。
だがしかし、女郎蜘蛛の討伐に関する報告だけはありのままに説明をした。
大量の土蜘蛛を引き連れた女郎蜘蛛に退路を潰されて囲まれたこと。
私を含む全ての冒険者が死を覚悟したこと。
その中で唯一、ソーヤ君だけが生きて帰ることを諦めないでいたこと。
そのおかげで誰一人欠けることなく、今この場に生還できたこと。
具体的なソーヤ君の行動については話すことはしなかった。
けれどソーヤ君がいなければ確実に全滅しいていたはずだとは念を押して伝えた。
あまりにもしつこく聞かれるので、『ソーヤ君の魔法に助けられた』ということにした。
彼の職業は魔法使いだし、いくら冒険者ギルドの職員だからといって個人の魔法について無理な証言をさせるのは不可能なはずだから。
そう、魔法使いの使うオリジナルの魔法については、門外不出なものもあれば一子相伝なものもある。
おいそれとは踏み込んではならない領域なのだ。
ギルマスならばそのあたりは理解してくれていると思う。
実際にオリジナルの魔法という言葉を出したとたんに、渋い顔をして黙り込んだくらいだし。
これでソーヤ君に無理な追及をすることはないはずだ。
約束は果たしたよ、ソーヤ君。
情報を隠しつつ、ソーヤ君が活躍したことだけを印象づけるように話すのは大変だった。
口に出す前に頭の中で言葉を吟味し、並び替え相手がどう思うかを瞬時に想像しなくてはならないからだ。
でも、それもなんとか終わらせることができた。
大量の売却部位と土蜘蛛の魔核結晶を渡し、参加者に報酬としてなるべく均等に分配してくれるように頼んだ。
これで私の仕事は終わりなはずだ。
あとは女郎蜘蛛の討伐部位や売却部位の選定くらいか。
できることなら、私は魔核結晶か眼球を手に入れたい。
あれがあれば今使っている杖をグレードアップさせることもできるし、新たに杖を作成してもいい。
トイトット君も欲しがるかもしれないが、彼には正直まだ早い。
きっと扱いこなせないだろう。
カシムやシド、ランカさんは足爪か筋繊維、もしくは鋏角狙いかな。
どれも槍の素材としては使い道がある。
他のメンバーだって売却してお金に換えたっていい。
かなりの金額になるはずだ。
そういえばソーヤ君はどこに行ってしまったのだ?
功労者には女郎蜘蛛の部位の分配があることは誰か彼に話しただろうか?
そんな気が利く人物を探すが生憎思い浮かばない。
私から話をしておくとしよう。
ギルマスにいったん預けていた女郎蜘蛛の素材を返してもらう段取りをし、話をする為にソーヤ君を探そうとした。
ただ……ギルマスの隣にいるキンバリー氏ではなく、その背後からじっと見つめる2つの目に気づいてしまった。
ほの暗く、ギラギラと輝く瞳。
赤茶色の長い前髪の隙間から、獲物を狙うかのごとく一点を見つめている。
なんなのですか、あれは……怖い。
暗い空気を漂わせたまま、受付嬢はスタスタと歩き離れていった。
Cランク冒険者ともあろう自分の足がすくむのがわかった。
気を取り直しソーヤ君を探すと、依頼の報酬をもらう為にカウンターに並んでいるようだ。
シドとランカさん、カシム達はすでに受け取ったようで、革袋の中を覗き込んではニマニマと笑っている。
冒険者ギルドからの迷惑料という名の口止め料も含まれているので、かなりの大金だろう。
ランドールとカシムからは貯金をする為に、早めに最低でも半分は徴収しなくては。
彼らはお金が入ると後先考えずに湯水のごとく使ってしまうから。
管理する私の身にもなってほしい。
ランカさんは……すでに手遅れのようだ。
テーブルの上に高価な酒を並べ、周りの皆に豪快に振る舞っている。
……他のパーティーのことは別にいい。
シド達のことだから、お金に困れば割のいい討伐依頼でも受けてすぐにお金を得ることができるだろう。
ん?
ランカさんの隣に座っているのは、先程の受付嬢か。
前のめりになり、熱心にランカさんの話を聞いている。
そのたびに何故か、どす黒いもやもやとしたものが肩の辺りから発生しているように見えるのだが……私の見間違いだろう。
そう思いたい。
ソーヤ君は無事に報酬を受け取ったようだ。
中を見たらびっくりするだろう。
私達の中の誰よりも多いはずだ、きっと。
さて、彼を呼び止めて今後の話をするとしよう。
ついでに時間を作ってもらって、ゆっくりと話したいこともある。
その為なら、今この手にある革袋の中身を全てあげてしまってもいい。
魔核結晶や眼球は惜しいが、それすらも渡してもいい。
その覚悟はできている。
「ソーヤ君」
声をかけようとすると、何故か突然彼が走り出そうとした。
するとその時、風が動いた。
ランカさんの隣にいたはずの受付嬢が、ソーヤ君の右腕を握っている。
いつのまに?
ぎぎぎ、と音がするようにソーヤ君の顔が受付嬢に向いた。
ダメだ……今私は見てはいけないものを見ようとしている。
ソーヤ君の表情を見て一瞬で察した。
私は硬く目を閉じる。
ソーヤ君の顔は明らかに怯えていた。
それこそシドとランドールの前に立ち、女郎蜘蛛と立ち向かった時の表情よりも蒼白に。
私の立ち位置が彼女の背後でよかった。
ああ、女神さま、感謝致します。
彼女に手を引かれて連れていかれるソーヤ君に、私は声をかけることはできなかった。




