175.美容師~報酬部位の分配をもちかけられる
土蜘蛛の殲滅依頼の内容や、女郎蜘蛛との戦闘についてグラリスさんと話していると、息を切らしたマリーが戻ってきた。
余程急いで走り続けたのか、口を開いて話をしようとはするのだけど、荒い息を吐くだけで上手く言葉にならないようだ。
もどかしそうに、しきりと自分が走ってきた後方を指差してはいるのだか、残念ながら理解できない。
グラリスさんにコップを借りて、水属性の魔法で水を生み出し飲むようにすすめると、一気に飲み干し手の甲で乱暴に口元を拭った。
マリーも時々男前な行動をするんだよな。
指摘すると嫌がられそうなので、心の中だけに留めておく。
「それで、どうだった? きりきり話せ」
自分で走らせたくせにそのことについてはまるで労わろうとはせず、結果だけをグラリスさんが求める。
そんなことをするものだから、ほらっ、怒ったマリーがコップを振りかぶって投げつけた。
とっさになんとか避けたグラリスさんだが、作業台の上に座っているのに無理な体勢を取るものだから、バランスを崩してベタリと体ごと地面に落ち、マリーに笑われることになる。
痛みを堪えながら立ち上がるなり、いきなりコップを投げつけてきたマリーにグラリスさんが怒鳴り、それに対してマリーが文句を言い返し、僕はそれを黙って眺めている。
仲裁した方がいいのだろうか?
どうしたものか悩んでいると、《気配察知》が後方から数人の気配が近づいてくるのを教えてくれた。
振り返りその人物を確かめると、よたよたと力なく走ってくるのはケネスさんのようだ。
遅れてカシムさんとランドールさんが、ゆっくりと歩いて後をついてくる。
『狼の遠吠え』のみんなもグラリスさんに用事かな?
首を傾げていると、カシムさんの横を何かが一陣の風のように駆け抜け、ケネスさんを追い抜きその人影は僕に近づくなりダイブしてきた。
慌てて横に避けると、罵り合いを続けていたグラリスさんに突っ込んでいき、交通事故にでもあったかのようにグラリスさんは工房の奥に吹っ飛んでいった。
えっと……大丈夫なのかな。
「ソーヤが避けるから、悪いんだぞ」
まったく悪びれた様子もなく、一つに結んで垂らしてある髪の毛をブンッと手で振り払うのは昨日ぶりに会うランカだ。
ということは……続々と人数は増えていき、シドさんにハスラさん達『千の槍』とタイムさん。
お次はトイトット達『炎の杯』までがこの場に集まった。
先頭にいたはずのケネスさんは後から来た皆に抜かされて、結局最後にたどり着くことに。
マリーが言うには、冒険者ギルドに着くなりケネスさんに見つかり、僕がグラリスさんの所にいることを告げるとケネスさんが皆に声をかけ、待ちきれずに猛ダッシュで走り出したとのこと。
ただし、そこは体力の少ない後衛職の悲しいところというか、途中で限界を迎え、どんどんスピードが落ちていき普通に歩くこともままならず、立ち止まっている間に後から来たカシムさん達に追い抜かれてしまったようだ。
その点マリーは若さの賜物か、なんとか自分のペースで走り続けトップでゴールした模様。
ただ、息は上がって喉がカラカラでうまく言葉にできないでいたらしい。
だからせめて後方を指差すことで伝えようとしたのだろう。
けれど説明をするよりも早く、ケネスさん達がここに到着してしまったとのこと。
さて、事情はわかったのだが、こんなところにみんなで集まってどうしたのだろうか?
息を整えながら真っ直ぐに僕を見つめ続けるケネスさんは、何か用事があるみたいだけど。
カシムさんやランドールさん、シドさんに視線を向けても、困ったように微笑み返されるだけ。
いや、ランドールさんは困っているわけではなく、ただ単に理解していないだけみたいだ。
ランカはニヤニヤと面白そうに笑っているし、トイトットはぶすっとふくれっ面をしている。
皆に共通しているのは、すべての視線が僕に向いているということ。
いったいこの状況はなんだ?
マリーよ、是非説明を求める。
けれど、その口火を切ったのはマリー以外に対しては頼れる人物、グラリスさんだった。
ただし、片足を引きずりながら腰の辺りを痛そうに手で押さえているので、どこかしまらない。
「それで? 女郎蜘蛛討伐パーティーの英雄さん達がそろいもそろってどうしたってんだよ?
ケネス、どうせ首謀者はお前なんだろ? いつまで深呼吸をくり返してるんだ? ここまで来たんだ、さっさと仕切りやがれ」
「わかっています。わかってはいますが……とりあえず水をくれませんか。ここまで走って喉がカラカラで」
ケネスさんがゾンビのように震える手で水を求めてくる。
ほらよっと、グラリスさんが水の入った革袋を投げ渡すと、ケネスさんは落としそうになりながらも両手でキャッチして、口元からこぼしながらも水分補給。
その間に、シドさんが謝りながらグラリスさんに回復薬の入った瓶を渡していた。
当然、ランカはシドさんに槍の石突きで頭を殴られ、両手で頭を抱えて呻いている。
ケネスさんは残った水をカシムさんに渡そうとしたが、いらないと首を振ることで断られていた。
シドさんやランカには目をそらされ、ランドールさんが受け取ってはくれたが口をつけることはしなかった。
ケネスさんは大きく深呼吸をし、キラリと目を光らせて僕を見た。
そしてこう言ったんだ。
「さぁ、ソーヤ君。女郎蜘蛛の部位を分配しましょう」と。




