173.美容師~新防具を見せてもらう
「おう! ソーヤか。聞いたぜ、Bランクの女郎蜘蛛を討伐したらしいな。
流石は俺の認めた男だ。黒曜の籠手を使いこなすだけあるぜ……できればその後ろのちっこいのも討伐してくれると助かるんだがな」
にこやかに出迎えてくれたグラリスさんが、僕の背中に隠れていたマリーを見つけるなり、威勢をなくして小声で呟く。
僕にはマリーは討伐できないので、どうしてもというならシェミファさんにでも頼んでほしい。
どうやら苦手そうにしているので、一言注意してもらうだけでも効果がありそうだ。
「こんにちは、グラリスさん。今日はお願いがあってきました」
「おぅ、なんだ。とりあえず言ってみろ」
「実は防具が半壊してしまいまして、修理をお願いしたいんです。あと、短剣とナイフも失くしてしまいましたので、新しい物を作成してもらいたいと」
「ああ、例の討伐依頼の時だろ? そんなことだと思って用意してあるぜ。
どうせ報酬はたんまり貰っているんだろうし、この際、防具と武器も可能な限りランクアップしたほうがいい」
さっきもちらっと聴こえたが、もう女郎蜘蛛のことを知っているのか。
耳が早いにもほどがある。
そそくさと工房の奥に入り、両手に防具を抱えてグラリスさんが戻ってきた。
作業台の上にのっていた物を無造作に肘で下に落とすと、大切そうに防具を並べていく。
「どうだ? 今、俺の店にある中でも最上級の一品だぜ。遠慮しないで手にとってみてくれ。気にいったなら付け方を教えてやるから装備してみろよ」
宝物を見せびらかして自慢するガキ大将のような笑みを浮かべて、グラリスさんが鼻息も荒く作業台を手の平で叩いた。
「どれどれ……これって昔からグラリスさんが大事にしていた物じゃないですか!
あの人が売ってほしいって頼んだ時も、お前にはまだ早いとか言って断っていた防具」
「なんだよ、お前まだいたのかよ。うるせーなー、部外者は引っ込んでろよ。ほら、あっちにいった。しっしっ」
手を振って追いやるグラリスさんの手をはたき落して、マリーが不満気に頬を膨らませる。
2人の息のあった漫才を横目に、作業台の上に置かれた青色に輝く防具に手を伸ばした。
「思ったよりも軽い……なのに凄く硬い。これは何かの石を加工したものなのですか?」
胸当てを手に取り、表面を爪の先で叩いてみた。
コンコンと音が響く。
石のようでもあり、金属のようでもある不思議物質だ。
「聞いて驚けよ、ソーヤ。それこそ俺のお宝中のお宝。その名も『蒼銀の防具シリーズ』だ!!」
「やっぱり! 蒼銀ってことは材質はミスリルですか?」
マリーの言葉に、「あたぼうよ!」とグラリスさんが胸を張る。
やっぱりあったかファンタジー物質。
もっさんでなくても知っているくらいに、ゲームではお馴染みの材質だ。
ただ、ゲームでもミスリル防具が出てくるのは中盤から後半にかけてのはず。
だとすればかなり高価なものだと思うのだが。
「グラリスさん! こんな高い防具をいったいいくらでソーヤさんに売りつけるつもりなんですか?
もしかして、うまく言葉巧みに騙して奴隷落ちさせるつもりじゃないでしょうね!」
怖い。
眦を釣り上げて激昂するマリーの表情が怖い。
内容ももちろん恐怖を誘うのだが、グラリスさんに限ってそんなことはしないだろう。
しないとは思うのだが、念のためにマリーの横に立ち並び『じー』と疑いの眼差しを送る。
「ふざけんなよ、マリー! 俺がそんなちんけな悪党のようなことをするはずねーだろ! 馬鹿にするのも大概にしてくれ。
ソーヤなら使いこなしてくれるだろうと思って、泣く泣く手放す俺の気持ちをもっと大事に扱ってくれよ。俺だって本当は他人に渡したくなんてねーんだぞ!」
負けずに怒鳴り散らすグラリスさんが、作業台の上を両手でバンバン叩く。
その度に蒼銀の防具達が衝撃を受けてバウンドするので、少しずつ移動して脛当が台の上から落ちそうになっている。
慌てて脛当てをキャッチし、作業台の中央付近に戻す。
それにしても本当に軽い。
今まで付けていた皮防具と比べても変わりがないくらいだ。
不思議に思いながらも、それぞれを手に取ってつけ心地を確かめていく。
その間もグラリスさんとマリーは口撃を交わし合ってはいるが、掴み合うようなことにはなっていないので放置しておく。
この2人は基本的に仲がいいのだ。
猫のじゃれ合いのようなものだろう。
勝手にそう決めつけて、ミスリル防具一式をひとつずつ順番に身に纏う。
留め具は革ベルトだったり引っかけるフックのような構造だったりしたが、試行錯誤しているうちになんとか装着できた。
「おっ、早速つけてみたのかソーヤ。なかなか様になっているじゃねーか。
ああ、違う違う。そこはだな、ここはこうしてそこに通して……」
間違っていた部分はグラリスさんが丁寧に直して、装着の仕方を教えてくれた。
うん、さっきよりも動きやすくなった。
ただ作業台の上には、ひとつだけ装備していない物が残っている。
左腕用のミスリルの籠手だ。
自分的には、この場所には黒曜の籠手を着けたい気持ちがあった。
本当は一式揃えて装備した方が見栄えがいいのはわかってはいるのだが、どうしてもあの籠手には思い入れがある。
だからこそ、左腕にだけはミスリルの籠手を着けなかったのだけど……。
「ソーヤ、持ってきてるんだろ? 黒曜の籠手を出せ」
グラリスさんがぶっきらぼうに手を出してきたので、ズタ袋から取り出して渡す。
他の革防具は擦り切れたり穴が開いたりとボロボロだけど、黒曜の籠手だけは小さな傷がいくつかついているくらいだ。
「……これなら大丈夫だな。すぐに整備して渡してやるから待ってろ」
そう言うなり、小走りで工房の奥へと入って行った。
グラリスさんの中でも、左腕には黒曜の籠手をつけることで決まりなのだろうか?
それともいざという時の予備として持っていろということなのか。
わからない。
困った時はマリーに聞いてみることにしよう。
「マリー、このミスリルの籠手なんだけど」
「はい、どうかしましたか? ああ、もしかしてソーヤさんはわかっていてその籠手を装備しなかったのではないとか?」
にやりと微笑まれてしまったが、その通りなので頷くことで返す。
したり顔のマリーが説明してくれた内容はこうだ。
「確かにミスリルの防具は軽いし硬いし良い素材です。魔法に対する耐性も少しだけあるので、DランクやCランク辺りの前衛タイプの人からすると涎物の憧れ装備ですね。
ただ、BランクやAランク以上の人はあまりミスリル装備を使っている人はいません。どうしてかわかりますか?」
「……わからないな。教えて下さい」
「それは、ですね。BランクやAランクの魔物の素材を使った防具の方が性能として優れているからなんです。
ソーヤさんがグラリスさんに貰った黒曜の籠手はBランクの魔物の素材がふんだんに使われていますし、間違いなくミスリルの籠手よりも高性能なんですよ。
だから左腕の防具だけはミスリルではなく黒曜の籠手を装備するのが正解なんです。揃いではないので、見た目はちょっと締まりませんけどね。
でもいざという時に命を守る為の防具なんですから、見た目よりも性能重視が必要ですよ! わかりましたか?」
そういうことか。
グラリスさんもマリーも、僕が左腕にミスリルの籠手をつけないのは、黒曜の籠手をつけるつもりだとわかっていたからか。
2人は性能重視故に、僕としては思い入れ重視故にの違いはあったとしても、僕のとった行動は正しかったということだ。
うん、納得。
ならばなんの憂いもなく、黒曜の籠手を使い続けることができる。
いかに防具が大事かをマリーが力説していると、グラリスさんが戻ってきた。
「ほらよっ、引き続き大事に使えよ」
「ありがとうございます」
受け取って左腕に装備していると、忍び笑いを漏らすマリーを見て、グラリスさんが怪訝そうな顔で首を傾げている。
どうやら2人だけの秘密にしておいてくれるようだ。
そのお礼に、帰りに果実水でもご馳走しておくとしよう。




