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女神様の美容師  作者: 獅子花
美容師 異世界に行く
172/321

172.美容師~ジンバラーを食す


 ギルドを出て辺りを見回すと、向かいの建物の陰から肘から先だけが出ていて手まねきというか、残像が見えるほど高速で動いているのを見つけた。

 

 その手に気がついた何人かは、すぐに視線をそらして距離をとり足早に去っていく。

 あれでは怪しすぎて、もしシェミファさんが探しにきたらすぐに見つかってしまうと思うのだけど。


 苦笑をこぼしつつ近づき、動き続ける手首を手のひらで掴むように受け止めると、びくっと大きく震えて腕を引き戻された。

 そんな行動にでるとは予想していなかったので、力に負けて引きずり込まれてしまう。


 おかげでマリーの体に体当たりしてしまい、2人して転びそうになってしまったが、なんとか《脚力強化》のスキルを発動して踏ん張り倒れるのを防いだ。


「びっくりした! なんだ、ソーヤさんですか……あまり驚かせないで下さいよ」


 不満気に下から見上げてくるが、僕でなければ誰だと聞きたい。

 マリーよ、何の目的で、いったい誰を高速手まねきで呼んでいたのかと。

 そんな疑問を口にしようとしたが、まぁいいかと考えなおし、


「驚かせてごめんね」


 と素直に謝罪する。


 理不尽を飲み込んでこそ大人の男だと、昔誰かが言っていた。

 思い出せないが、たぶんお客のうちの誰かだと思う。

 ただ、それがもっさんだけではないことは確実だ。

 彼は子供のような男だったから。


 もっさんで思い出したが、リリエンデール様にもっさんのことを教えるのを忘れていたのを今更ながらに思い出した。

 僕の頭の中を覗くかわりに、もっさんの自宅を見てみればいいと交換条件に使おうとしたのだ。


 様々な二次元アニメや本を読みつくしているもっさんの家なら、リリエンデール様の興味をひくような面白い媒体がたくさんあるはずだ。

 今度会った時には忘れずに伝えよう。


 マンションの部屋番号はうろ覚えだが、何度か年賀状を出していたので、住所とマンション名くらいは覚えている。

 

 もっさんよ、僕の為の人身御供として宜しく頼む。

 でも、もっさんならば逆に喜んで大歓迎されそうだ。

 視界だけかもしれないが、異世界の女神様が自宅を物色しにくるのだから。


 もっさんの興奮して喜ぶ姿を想像していると、


「そろそろ動きましょう。これだけ時間が経てば、あの人も諦めて仕事に戻っていると思うのでもう安全です」


 建物の陰から顔を出し、


「さぁ、ソーヤさん、こっちです。行きますよ」


 姿勢を低く保ったまま、小走りに駆けていく。

 マリーよ、いつまで忍者ごっこを続けるんだい?


 心の中で問いかけながら、振り返り「早く!」と急かすマリーの後を追いかけた。



 マリーのオススメというお店に着いて昼食を食べる。

 オープンテラスのような店の造りがこの店の良いところなのだろうが、マリーのごり押しで室内の一番奥の席に座ることになった。


 席についてからも終始警戒しているのか、客が店に入ってくるたびにテーブルの下に隠れようとするので、ついには店員から不審者を見るような視線を向けられることに。


 いったいどれだけシェミファさんを恐れているのだろうか。

 そんなに心配しなくても、あの人がここに来ることは皆無だと思う。


 僕に楽しませてやってくれとお願いをするくらいだし。

 わざわざ邪魔しにくるはずはないだろう。


 それをマリーに教えてあげるのは簡単なのだけど、僕がシェミファさんの立場なら言われたくはないと思ってしまう。

 なので告げ口をするようなことはできないと、自らの口にチャックをした。


 給仕の女の子がメニューを持ってきてくれたので、マリーにいい加減落ち着くように言い聞かせ、2人して食べたい物をあげていく。

 

 その中で共通して指さしたものをいくつか頼むことにして、メイン料理は予め決めているというのでマリーに任せることにした。


 サラダとスープが来る頃にはようやくマリーも安心したのか、小動物のような挙動を潜めてくれた。

 スープは豆を潰してこしたようなドロッとした緑色のスープで、舌触りはざらっとしているがほんのり甘くてなかなか美味しい。


 サラダはカリッとしたベーコンのようなものがたくさんのっていて、白いドレッシングはシーザーサラダを連想させるが、一口食べると辛味と酸味が広がり、似ているが微妙に違うものだと落胆させられる。


 ただ、不味くはない。

 宿で出る料理よりはマシだ。

 いや、宿のご飯に比べれば格段に美味しい。


 比べる基準が日本にいた時のレベルだから悪いのだ。

 この世界で食べる料理の基準では抜群に美味しい。


 でも個人的にはリンダさんの作ってくれたサラダの方が好きだったな。

 メェちゃんのにこにこ笑顔が料理を美味しくするスパイス的な役割だったのもあるかもしれないが。


 マリーの選んでくれたメイン料理はまさかの麺だった。

 しかも見た目はパスタのようなものだ。


 上に赤いソースがかかっているが、ミートソースではないようだ。

 見た目はそっくりでひき肉のような塊はあるけれど、どんなに嗅いでもトマトの香りがしない。


 フォークの先端で麺を巻き付けて持ち上げてみる。

 よく見ると縮れていて、パスタというよりも焼きそばの麺に近い。


「ソーヤさん、もしかしてジンバラーは嫌いでしたか?」


 口に運ぶことなく無言で観察している僕に、マリーが心配そうに声をかけてきた。

 

 ジンバラー?

 この料理の名前かな?


「いや、嫌いというか食べたことがないよ。

 あまり見たことがないし変わった料理だけど、マリーはよく食べているの?」


「いえ、わたしもこの前シェミファさんに連れてきてもらって初めて食べました。だから今日で二回目なんです。

 確かに見た目はこんなですけど、騙されたと思って食べてみてください。少し辛いですけど、美味しいんですよ」


 辛いのか?

 ジャージャー麺みたいな感じかな?


 マリーに見守られながら一口食べる。

 うん、食感はラーメンと焼きそばの中間くらいか。


 味は……麻婆豆腐に似ているが悪くない。

 ジンバラー、この世界に来てから食べた中では僕的には一番のヒットだ。


「美味しい」


「ほんとですか? よかった。見た目でダメって人が結構いるみたいで。

 このお店の息子さんが異国で修行して覚えてきた料理らしいですけど、この甘辛いソースが決め手なんですよ」


 ソーヤさんが気に入ってくれてよかったです、と呟きながら、マリーもフォークで麺を絡めて口に運ぶ。


 赤いソースが飛び散らないように注意して食べ終え、デザートに出された色とりどりの果実を仲良く分け合い店を出た。

 代金は約束通り僕が支払い、恐縮してお礼を言うマリーに、気にしないでと手を振り並んで歩く。


 どこに向かっているのかというと、食事中にこのあとの予定を聞かれたのでグラリスさんのお店に行くつもりだ言うと、ならわたしもついていきますという流れに。

 嫌がるグラリスさんの顔が目に浮かぶが、断ることもできないので諦めてもらおう。




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